08
「あの、ローくん?」
「なんだ」
「離してほしいんだけどな」
「嫌だ」
「………」
ローと二人で留守番をしてからというもの、やたらとローがリーシャの周りから離れなくなった。
今も相手は本を読みながら私を後ろから抱きしめているという状況になっていた。
別に好かれる事は嬉しいが、スキンシップを少しばかり少なくしてほしい。
あの夜から、一緒に添い寝をしてからというもの、毎晩彼はこちらのベッドにいつの間にか入っていたりするからびっくりする。
「ふふ……リーシャちゃんはローのお気に入りだね」
「そ、そうですかね」
苦笑いすると、ジェイドがローに諭す。
「リーシャちゃんをもうそろそろ離してあげなさい」
ジェイドがそう言うとローは渋々といった風に私の体から腕を離した。
「後で一緒に買い物行くぞ」
「ふふ。わかった」
玩具を取られたような顔をしながらローがそう言うからリーシャは笑いながら答えた。
***
「あれ?ジェイドさん、ローくんどこにいるか知りませんか?」
「ローなら薬を調合しているからしばらくは部屋から出てこないかな」
「そうですか」
そう言うとジェイドはフワリと笑って手招きしてきた。
「?……どうかしたんですか?」
リーシャはジェイドの隣に腰掛けた。
「記憶が少しだけ戻ったとローから聞いたんだが、その後はどうだい?」
ジェイドは優しく聞いてきた。
リーシャは迷っていた。
ジェイドにならすべてを話しても大丈夫なんじゃないかと―。
「あの、そのことなんですけど……」
「どうしたんだい?」
「私……実は―」
そこまで言うとジェイドはリーシャの頭をクシャリと撫でた。
「リーシャちゃん。君の言いたい事はわかっているよ」
「え……」
ジェイドの言葉に驚く。
「私は医者だから。だいたいはいろんな事がわかるんだよ。リーシャちゃんは本当は記憶喪失なんかじゃないんだね?」
「っ……はい!」
ジェイドに嘘をついていた罪悪感に申し訳なく思った。
「リーシャちゃん、誰にでも言いたくないことは必ずあるんだ。何か理由があるんだから泣かなくていいんだよ」
「あ、ありがとうございます」
こんなに優しくて人の苦しみを理解してくれる人に拾われた事に感謝した。
落ちつくと、ジェイドはこれからも何も言わなくていいと言ってくれた。
「リーシャちゃんが話したいと思った者に話しなさい」
「はい」
リーシャはジェイドの温かさを改めて実感した。
*****
「ローくん、これも買わないと」
「グリンピースは嫌いだ」
「好き嫌いはダメだよ……!」
「はぁ……カゴに入れればいいんだろ」
ローは嫌々ながらにカゴに放り込んだ。
その様子に苦笑いしながらカゴの中を見る。
「?―これって」
「あ?……おれが入れたんだ、何かおかしいか」
「え、ううん!全然おかしくないよ、ローくん甘い物好きなんだね」
「まァな」
カゴの中にはおいしそうな甘い物がたくさん入っていて、ローの意外な一面に可愛いと感じ、笑みが漏れた。
「今度、何か手作りでお菓子作ってあげるね」
リーシャが笑いながら言うと彼はそっぽを向いて、多めにな、と呟いた。
***
買い物を済ませて家に帰った後、ロー達は夕飯を食べていた。
「ロー、少し話しがあるんだ」
「なんだ」
ジェイドは食べていた手を止め、リーシャとローを見た。
「リーシャちゃんを正式にこの家に置こうと思っているんだ。」
「え、ジェ、ジェイドさん!」
ジェイドの発言に目を見開く。
「……おれは構わねェ」
ローはジェイドを見ながら言う。
「良かった。後は……リーシャちゃんがどうしたいかだけどね」
二人は見つめながら言葉を待っている。
「わ、私は」
リーシャはこの人達にお世話になってばかりで、これ以上は迷惑になってしまうと返事を渋っていた。
「誰も迷惑なんて思ってねェよ」
「え……」
リーシャが俯いているとローが口を開いた。
「そうだよリーシャちゃん。私達はリーシャちゃんに居てもらいたいんだ」
ジェイドの方を向くと優しい笑顔で見ていた。
「あ……いいん、ですか?」
リーシャが言うと二人は頷いた。
「お前は……一人なんかじゃねェんだ。素直に甘えとけ」
「っ!……うんっ」
リーシャはローの言葉で溢れ出すように泣いた。
不安を感じていた心が溶けていく。
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