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「え、もう帰ってしまわれるの?」



用件は終わったとばかりにローはアリシアに品を押し付けると足早に来た道に歩き出す。



「ロ、ロー様、お待ちになってっ」

「お前みたいにヒマじゃねェ。たいした用もないくせに呼び止めるな」

「……!」



いつになく冷たい言葉を浴びせられたアリシアはギクリと身体を強張らせた。



「た、たいした用、では、あ、ありません、わ。とても、とても大切な話があり、ますの……」



いつもなら興奮気味に反応するアリシアの緊張した声にローは振り返る。



(なんだ……?)



さすがにこうも下手に言い返してきたことにローは怪訝な表情になる。
そんな視線を受けるアリシアは目を泳がせ、服の裾をギュッと握っていた。
なんだというのだろう。
やがて、決心したようにアリシアはローを見る。



「わたくしの家に、上がって、下さいませんか……」


丁寧な貴族らしい催促の仕方にローは目をしばたかせた。
風邪でも引いたのか、と正気を疑う。



「……少しだけ、お時間をわたくしに、お願いしますわ」

「……ほんの少しだからな」



いつもと様子の違うアリシアに戸惑いながらローは仕方なく扉へと足の方向を変えた。










「で……何なんだ、話は」


「え、えっとっ」



そわそわと落ち着かず指先をすり合わせるアリシアのその優柔不断な行動にイライラとするロー。



(やっぱり帰るか)



話さないのならと、ローは踵を返そうとする。
それを見た彼女は慌ててローの服を掴んできた。
一体、何だというのだ。
もし、アリシアがカエルだったならば即座に解剖しているところである、とローは内心冷ややかに思う。



「す、少し、心の準備を……」



そう言ったアリシアは深く息を吸い込み、吐き出す。
緊張しているのか女らしいほっそりとした傷一つない手が微かに震えている事にローは疑問を浮かべながらアリシアが口を開くのを待つ。
少女の瞳はいつもと違い、ローだけを写すそれは決意をした光りを帯びていた。
空気が張り糸がピンと伸びたような空気がローとアリシアを取り囲んだ。







「わたくしは、ロー様を……深く慕っております」




その告白は、毎日アリシアの口から発される響きとは遠く掛け離れていて、いかに本気かを感じさせられた。


(何のつもりだ……今更)




ローがそう感じるのも当然で、今までこんなにも真剣な表情のアリシアは見た事がない。
ましてや、本気の告白。
何故、今なのか。
何故、伝えてくるのか。
ローにとっては誰かから告白を受ける事は常に日常だったからいつも同じ返事でピリオドを打つ。



「悪いが、お前の気持ちには答えられない」

「……知っていましたわ。えぇ、もちろん」



ローはいつも返答として使う言葉になんとなく躊躇を感じた。
アリシアと関わる時間が多過ぎたからかもしれない。
予想していた彼女の反応にローは目を見開く。
泣くか、喚くか、どちらかと思ったからだ。
予想外の表情は憂いに微笑む貴族の誇りと気品を纏うものでありうっすらと口元は弓なりに、上品さを纏っていた。



「わたくしは……それでも、いいのです。ただ、決められた婚約者がいるんですもの。気持ちだけでも、知っていただけただけで十分ですわ」

「……お前」

「ロー様」



ローがアリシアの内なる思いに口を開こうとするが、やんわりと止められる。



「わたくしは幸せでしたわ。だって、ロー様に会えて、リーシャさんにも会えたんですから。わたくしは、幸せ者ですわ」



ローはそれ以上何かを言うことをしなかった。
アリシアの目にぼんやりと水の膜が光っているように見えた。










***









「だりィ……寒ィ……」



テッドは雪が降る中、親に頼まれた買い物を終えて帰る途中だった。
今夜も一段と冷える事を予期させる寒さである。




「あ゙ー……あ?」



寒さに腕を摩り上げていると目の前から見慣れた顔が歩いてくる。
トボトボと歩く姿にいつもの覇気はなく、落ち込んだ様子のアリシアが見受けられたが俯いていて全く表情がわからない。



(何してやがんだ……)



怪訝にアリシアを見ていると、不意に相手は顔を上げた。



「あ……」

「ふぅ……貴方でしたの?」



やれやれとした顔でこちらを見遣る少女。
たが、テッドは怒る気になれなかった。



「目、晴れてるぞ。お前……」

「見て見ぬフリをするのがポリシーですわよ。全く、教養がない方は困りますわ」



ムスッとした表情でたしなめるアリシアにテッドも顔をしかめる。



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