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リーシャとローがのほほんと踊っている間、大物である筈の二人はまだ飽きなく闘いを繰り広げていた。
「わたくしが一番ですわ!」
「俺が先だ!」
アリシアとテッド。
二人は正反対の環境であるが、第三者から見れば中身は似た者同士とよく言われその度にどちらも激しく否定するが。
毎度毎度、テッドの思い人であるリーシャに会いに行く時は必ず顔を合わせる同い年の貴族の娘にほとほと怒りを感じ得に殴りたいなどとそこまでは思わないが腹立たしいことこの上ない。
向こうも恐らく自分と同じような気持ちだろうと察してはいるが何せん、アリシアはローへのアプローチがストレートだから、テッドのリーシャにいつも頑張ってしているアプローチが霞(かす)んでみえ悔しくて毎回唇を噛む思いをしていた。
(マジでムカつくぜ……!)
時々、天然なところや抜けている少女に驚かされることもあるがやはり苛立ちが胸を支配する。
「てめぇ、それは俺の肉だっ」
「わたくしが先に見つけましたのよ」
今はローとリーシャの取り合いではなくテーブルの料理を取り合っていた。
ここに並べられているものは全てアリシアと家の専属シェフが作ったものなので味のレベルが一味違い取り合いになってしまうのは当然なのかもしれない。
「お前は女だろうが。肉じゃなくてデザートでも食ってろよ!」
「まぁ!女性差別でしてよ!貴方こそ、肉ばかり食べているから頭が筋肉なのではないのかしら?」
「なんだと……!」
「やりますの?」
「やらねェよ!チェスはもう二度とやらねェからなっ!」
テッドは表情を苦い野菜を食べたような表情をする。
前に一度、喧嘩していてラチが明かないとローが二人に言った時があって、その時はちょうどアリシアがローと遊ぼうと考えていたチェスが用意されていた事があり、それで勝敗を決めようということになったのだがチェスなど一度もやったことがないテッドは初めから勝敗が決まっているも同然のゲームに愚かなながら挑んでしまい負けた。
あの時の屈辱は一生忘れないだろう。
(あん時はリーシャがいたから、わざと負けたんだっつーの!)
所詮、負け犬の遠吠えだが負けたことを認めたくないのだ。
「あああ!」
突然、アリシアの雄叫び並の声が響いた。
「んだよ!うるせェっ!」
「お黙りなさいっ!あれを見れば貴方も叫びたくなりましてよっ」
「たくっ、なんだって――なっ!!」
アリシアの言葉に向こうを見るとテッドは声を詰まらせる。
彼女の言う通りダンスホールの真ん中辺りにローとリーシャが良い雰囲気で踊っていた。
ガンッと殴られたような衝撃と敗北感が胸を占め唖然とするテッドの隣で同じようにアリシアも立ち尽くしていた。
(ちくしょー……あの野郎……!)
徐々に嫉妬の炎に燃えるような感情が芽生える。
昔からローとは、リーシャを巡る水面下での闘いを繰り広げていた。
今では大分差を広げられてしまっていてリーシャと暮らしているローの方が圧倒的に有利だった。
「ロー様ぁ……」
弱々しい、情けなさが漂うアリシア。
テッドだって、今すぐあの柔らかな空気を切り裂きたいがリーシャの悲しむ顔は見たくない。
「つくづく、俺も弱いな……」
蚊の鳴くような声でテッドはぽつりと呟いた。
***
ノース記念際が終わって数週間後、朝から朝刊を取りにリーシャは寒い外へ駆け出した。
「寒っ……!」
生まれた時からこの環境にいなかったから体がまだ慣れていない。
昼時の気温は大丈夫たが、朝や夜は比較的に冷える。
新聞が入っているポストに手を入れて中身を取り出すと足場に家の中へと入った。
「ジェイドさん。新聞です」
「ん、ああ。ありがとう」
コーヒーを口から離したジェイドに新聞を渡す。
ローもその向かいの椅子に座って朝食を食べ始めていた。
リーシャも一仕事終えると彼の隣に座る。
今日の朝食メニューはハムエッグとコンソメスープとパンだ。
「おや。最近、女優のニュースが多いね」
「女優ですか?」
「ああ。シンドリーさんの記事が載っているよ」
「……!!」
ジェイドの一見、何気ない言葉にリーシャは驚きに息を呑む。
「シ、シンドリー……さん?」
「人気絶頂の女優か」
ローが納得したように言うがリーシャは知らなかった。
新聞はあまり読まないし家事で忙しいからだ。 会話に追いつけずに視線を手元に落とす。
こんなところで聞き覚えのある名前が出てきたことにショックを受けていた。
スリラーバーク。
リーシャの思考が過去に読んだ漫画の内容で埋め尽くされる。
シンドリーという女性は、漫画の中でなら何回も見たことがあった。
死んだ後の姿たが彼女は確か『シンドリーちゃん』と呼ばれ、よく皿を投げて割っていた。
ゲッコー・モリアによって復活させられた死人。
つまり、ゾンビであった人。
その女性が――。
(生きてる……?)
違和感ばかりが胸をざわつかせる。
過去の話だが現在の話でもあるのだ。
「そんなに、人気なの?」
「美人で歌が上手いそうだ」
「ローくんも、その人好き?」
「興味ない。だいたい、住む世界が違う」
「確かに、ね……」
ギュッと手を見えないように握り締める。
シンドリーが生きていることを知っても、自分には何もできないし、仮にあったとしても、嘘だと言われ門前払いされるだけだろう。
死んだ記事がフラッシュバックとなってリーシャの瞼に写る。
(ルフィ……)
心の中で呟いたって何も起きない、変わらない。
自分がどれほど無能で弱いということが、悔しい。
未来をわかっていても、手出しできないことにギュッと目を閉じる。
「リーシャ?どうした、気分でも悪いのか?」
「う、ううん。大丈夫……ちょっと考え事してただけだから」
ローに笑みを取り繕いながら首を振り心配させては駄目だとリーシャは気を取り直してパンを口に運ぶが、食べていても胸に突っかえた何かまでは飲み込めなかった。
朝食を食べ終えると、ジェイドは仕事に行きローはリーシャと同じく家にいて、普通に言葉を交わしているベポももう随分と大きくなり二人の身長を悠々と超える体格になった。
「キャプテン。これ何て言うの?」
「それは、刀だ」
「刀……?」
聞き慣れない単語だ。
この世界にはあって当たり前の代物なのだろう。
二人は一つの雑誌を見ていたらしくカタログのよう、「KATANA」とローマ字のタイトルが書いていた。
「刀なんて、ローくん興味あるの?」
「かっこいいだろ?」
ニヤッと楽しそうに笑うローにリーシャは苦笑する。
玩具で形作られた銃や剣ならばリーシャも渋い表情は作らないが彼が見ているのは列挙とした本物の刀なので頷けないのは当然である。
「ベポにはカンフーを教えたのに、ローくんは道具を使うの?」
「誰にだって、得手不得手(えてふえて)があるだろ?俺は体で戦うより、得物を使う戦い方が性に合ってる」
「もうそんなことまで把握してる……」
「まァ、それはさておき。今日は親父、何て言ってたんだ?」
ローは話を変え、リーシャに聞いてきた。
「遅くなるって。だから先にご飯を食べて、寝ていなさいって言ってたよ」
「わかった」
短い返事にリーシャは頷く。
最近、患者が増えたことによりジェイドの医者としての時間が多くなった。
やはりそこはお人よし三拍子のジェイドだからこその働きぶりであるが、いつ帰ってきているのかと疑問に思うのは朝にはご飯を食べて出掛けていく姿は見掛けるが帰ってくる姿はあまり見なくなったからだ。
「ジェイドさん。過労で倒れないかな?凄く心配……」
「大丈夫だ。親父は医者だし、自分の限界くらいは把握してる」
「うん……」
こういう時、ローの言葉程頼りになるものはない。
ローは滅多なことがない限り曖昧な言葉を使わないのだ。
「あ、じゃあ。お昼ご飯何が食べたい?」
「チャーハンが食いたい」
「ちなみに、グリンピースは……」
「絶対に入れるな。入れたら食べねェ」
「はいはい」
クスリと面白くて肩を揺らす。
今でも彼はグリンピースが唯一苦手だった。
昔、ジェイドが幼いローに語った作り話によってトラウマを植え付けそれ以来彼はグリンピースが嫌いなままなのである。
「グリンピース、美味しいのに」
「食べなくても死ぬわけじゃない」
「そうだけど。栄養バランスを考えると、色とりどりの食事を取った方が健康にはいいし」
「そんなの、そこら辺の奴よりわかってる」
ローの父親は医者としては有名なようでその息子となれば医療関係の知識は高い。
リーシャもそんな二人の近くにいたので医学の知識はある程度知っている。
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