03
ぷわぷわと浮いているといつの間にか船が見えなくなって、うっかりしてた。
このままではマジで帰れなくなると直感。
「ど、どうしよう……流石に今回は帰れないかも」
今までは奇跡的に帰れたけど、次はどうなのか私にも分からない。
もし帰れなかったら普通に探せば良いかな。
この海は広いもんね。
「あ、船」
ぽつんとある船にふよふよ近付く。
今までの経験的に海賊船だったら即離れる予定。
「海賊船だったか」
ハズレ。
慌てて引き返す。
しかし、ぐんっと引っ張られてしまう。
何事かと後ろを見る前になにかにぶつかる。
「ぐふあ」
変な声が出る。
「なんだァ、こいつゥ」
ただのごろつき海賊だった。
有名な札付きでもなかった。
一番大変なシチュエーションだと思う。
つい声が出たけど、幸いそのことに気づかれなかったので声は出さないでおく。
声が出ると知られたらオークションハウス行きだ。
おまけに、ボコボコにされるかもしれない。
生存するには黙秘する他ない。
因みに動くのもアレなのでふにふにの緑の物体にしておく。
「きたねーなァ」
引っ張られたのはどうやら鍵縄っぽい。
貫通しているけど痛くない。
本当に危機感を感じると無痛になるようだ。
少しだけ自分のことを知れて良かった。
それから、この薄汚いを通り越した衛生的にアウトな船へ置いておかれて10日。
この船は文字通り他の海賊に敗退していた。
いや、敗退なんて過程もなく、その船が見えた途端、白旗を振っていた。
「い、いいいいのちだけはァああ!」
必死に命乞いをする男等の船の端の端にへばりついている。
雨が来てもへっちゃらだから問題ない。
問題はこの船もいずれ沈むのかという心配である。
「つまんねェな」
「そう言うな頭」
話し合っているのは勝利した方。
「ん?なんだこの粘っこいの」
だれかが私を見つけて地面から離そうとした。
「どうしたァ」
「頭!スライムっぽいの見つけましたぜ」
「なに!?スライム!?」
少年のようにこちらへくる男、見覚えある。
昔、一緒に住まわされて気迫に耐えきれず逃げた男だ!
しまったな……。
「あ!こいつ!おれのミドリーナじゃねーか!」
だれもかれも、勝手に私に名前を付ける。
この人もその一人だ。
「ミドリーナ?」
「ああ、確か一年程前に拾ったけど逃げたんだ。やっぱ飼い主んとこに必ずもどってくるんだな」
飼い主じゃないっての。
なんていう勘違い。
「え?頭、このスライムを船に置くんですかい?」
嫌そうに言う。
私だって同じ立場でスライムと同じところに居るのを知ったら拒否するよ。
「おれのだからな」
主張が激しいオッサンだ。
「わかりました」
でもこのオッサン、覇気があるんだよね。
オッサンにわしづかまれてせっせと運ばれる。
くそ、舞い戻ってしまった。
一緒にいると緊張するからヤなんだ。
「おー、よしよし」
完全にペット扱い。
もちもちした感触を楽しんでる人からもう逃げられないかもしれない。
一度目は逃げられたけど……。
船も大きくて外へ出るのに苦労した。
知能がないスライムと思われていたので逃げられたようなもの。
今回も騙されてくれ。
スライムボディーを堪能した男、名をシャンクスという。
オッサンと言っているがまだ若い。
多分30代くらいかな。
言動とか、お酒大好きとか、歳以上に感じる。
10日間風呂に入ってないからお風呂に入りたい。
ずっと地面にへばりついていたから。
「餌は食うか?」
そう言って肉を押し付けてくる。
勿論吸収した。
「良い子だ」
真夜中、人の気配がないのでスライムのまま風呂に入る。
お約束の人間に戻るなんてことをしない。
そんなことをしたら確実にバレる。
スライムでも出来るのでスライム一択。
お風呂に浸かっていると意外に快適だと感じる。
誰もスライムだからって苛めないし。
風呂から上がって酒浸りになってるシャンクスのところへ向かう。
甲板で飲んでいたのでお酒を取り上げる。
お前も飲むか、なんて誘われたが飲むのはしないので飲まない。
お酒を遠くに置いてシャンクスを寝室に誘導する。
「む、お前、前より……賢くなってるな」
顔を赤らめて言っているので酔っぱらいの名推理として処理。
「スライムなのに賢いなァ」
シャンクスは寝ぼけた目でホロンを抱き込んで寝た。
しょうがないな、このオッサンは。
一緒に寝てあげよう。
寝たと思われるスライムを見下ろし、シャンクスは薄っすらと探る。
「やっぱり、感じるな」
前に拾った時は気にならなかったが、今は人の気配がある。
スライムなのに、人の気配がするのは可笑しなこと。
しかし、可能性を広ければ一つだけ理由が見えている。
「まァ、良いか」
酒瓶をわざわざ取り上げて健康を案じる素振りを見せるのは今回が初めてではない。
過ごした時間を考えれば今更疑う気にもならない。
おやすみを唱えて目を閉じた。
起きるとまだ抱き枕にされていた。
「ック……動け無い」
囁く様に一人ごちた。
「んんん、んんん!」
いきなり腕をグッと伸ばして起きた男。
き、聞こえてませんよーに!
「ん?あー、おはよ、ミドリーナ」
そういや命名されてた。
ミドリーナって、安直だ。
だからこそ、ペットらしいからつけたのだろうな。
いつもどおりもみくちゃにされる。
船員たちも居る食堂へ連れて行かれて同じように食事を出されて食べる。
バカに見えるように箸なんて使わず犬食い方式。
それだけで視線も集まる。
そして、わざとグチャグチャ咀嚼音を響かせる。
こういうラインも難しい。
討伐をさせるようなぎりぎり、討伐しなくて良いという感想を抱けるように行動しなくてはいけないのだ。
「良い食いっぷりだな」
相変わらずこの人の倫理観とか、価値観とか器がデカすぎて困る。
「シャンクス、そいつをまた飼うのか」
傍に来たのは副船長。
兎に角ハードボイルドっぽい。
「ああ!ベンがなんと言おうが飼う」
ベンはやれやれという顔をして向こうへ行ってしまう。
これくらいでああなるなんて、普段の言動が窺える。
「よし、おれと釣りだ」
外へ連れ出されて、もしや離脱可能か?と期待に胸をときめかせる。
しかし、シャンクスがなかなか離してくれない。
うにうに蠢くが怯むことなく難しい。
スライムって普通摩擦でこういうの抜け出せるよね。
釣りだって言われても見てるだけ。
ただそこに居るだけだ。
暇ということ。
それを理解してくれないのだこのオッサンは。
るんるんと釣り竿を揺らすのも見ているだけなんてつまらない。
いつになったら釣れるのか。
二時間も過ごして眠りこける。
スライムは標準なので人形になることはない。
そもそも何故スライムなのかも知れてない。
うっかり解けるということはないので居眠りも出来る。
シャンクスは釣れたらしくて上機嫌に剣を研いでた。
スライムをかかえてやらないでほしい。
刃物が間近にあるって怖い。
「起きたか」
怖い、ちょっとした身動ぎで分かるって。
息を潜めて絶対に下手を打たないようにしなきゃ。
「良い刀だろォ」
それ、前にも言ってたよ。
「かっこいいだろォ?」
ハートの海賊団(仮)の子達も同じようなこと言ってたな……。
皆、思うことは同じということかね。