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30分程してからポポラが来て、もう一人はどうしたのと聞くと、寝ていて起きないとうんざりした顔で述べる。
いつものことなのだろうと苦笑して、ポポラも座る。
その後、記憶はどうなのだと聞かれ、なにもないと言う。
こちらからも記憶を目的とした者に誘拐され、記憶を覗かれたかもしれないと情報を渡した。
「あの時の事が漏れたのだとしたら、可能性は高いです。あの時、この世界に残ったのは貴女だけだったのです」
「なにがあったのか、そろそろ聞きたい」
知らないまま、またなにかに誘拐されるのが怖くて。
俯く私に彼女は思案をし、ゆっくり頷く。
「異世界からの人間を狙う奴が現れたのなら、説明は早いほうがいいのです」
ホロンの顔を見て、推し量るように説明を始める子に、賢いその脳がどれ程回っているのか、なんて想像していた。
伝えてくれるような、優しい子なのだ。
わざわざ電話をして、丁寧に経過も観察してくれる。
ふわりと花の香りが鼻孔を擽る。
「始まりは、愚かな男が異世界の知恵を得ようと召喚を試みた事です」
…………
「やった!やってやったぞォ!」
男の甲高い声が耳につく。
どうやらここはどこかの建物で、真下には新しい召喚の儀式に用意られるだろう、魔術を模したものが書かれていた。
ポポラも丁度召喚と科学が混合した実験をしていたから、奇跡的に重なってしまったのかもしれない。
帰ったら実験と検証をせねば。
と、思っていたら急に躯が痺れるような感覚がした。
どうやら召喚の魔法陣になにか制約をしていたらしい。
相手の考えることを想定していなかった己が心底迂闊だった。
周りを見るとここに喚ばれたのは5人。
多くも少なくもない。
まともな魔力もない世界なのに、良く喚べたものだ。
「これで、世界を手に入れられるッ」
口から乾いた笑いが出る。
これほどの事をしておいて、願うことはそんなことか。
「ふふ、ふはは!」
「それは無理です」
高笑いする愚者に凛とした声がかかる。
「は!はァ?」
笑っている途中に真顔になる男。
狂っているな。
「魔法は汚いことなんかに使われるものじゃありません」
そのはっきりした言葉に、心惹かれた。
別にポポラは魔法がどのように使われようと興味はない。
「魔法の心理も知らぬ者は永遠に使わなくともいいですから」
そう言う女はスッと拘束を解いた。
「誘拐には罰を」
十字を切る仕草をした途端、魔法陣が輝き出す。
「なにを、やめろ!やめろォ!」
男が止めようとするがバチン!という音と共に弾かれ、男は吹き飛ぶ。
「皆様、さようなら」
女は微笑んで、物悲しげにあった。
それが最後に見た記憶。
眼を開けると家だった。
あの魔法が帰還の魔法なら、なにか対価を払った筈。
悲しげにとんだ顔を思い出した時、それはきっとなにが起こるか覚悟していたのではないかと、気になった。
気になると調べるのがポポラのサガ。
勿論、そこからはその謎と追求に熱を上げた。
召喚された世界に戻るということまでしてしまう程には。
そこで、同じ結論に至りモナという怪力の魔法を使う人間《?》と出会った。
彼女も例の女を探していたので、互いに協力関係となったが、なかなかうまくいかない日々。
この魔科学の天才と呼ばれたポポラ・クキストが。
更に熱意を燃やしテレポートの地点を設定したはいいが、下劣な人間に問答無用に捕らえられた。
コイツラは天から貰い受けた知性と声帯を所持しているにも関わらず、獣以下の畜生だ。
魔法も使えぬゴリラに遅れを取ることもないが、この畜生共に泡を吹かせようと頭の中でいくつもの拷問を羅列していた。
その時、芳しい香りーー魔法の残像ーーを感知、のちにそれに包まれていた。
「スライム」
この魔法の香りは、帰還魔法の香りと同じ。
やっと見つけた。
神童と謳われたポポラはあんな行動をした女の事が知りたくて、聞いてみたかった。
それに、魔法の香りがとても好みだ。
「モナ、彼女は貴女のことも覚えてない。どうするのです?」
モナは恩人を助けるために異世界に渡った。
記憶がなければ助けるのは困難。
しかし、モナはニコッと笑う。
「そんなの、助けを求められるまで待つだけだよ」
このクソポジティブなところだけは少しだけ見直した。
…………
一連のポポラの回想。
最後のモナへの評価はどう感想を言うべきか。
取り敢えずお礼を言う。
助けに来てくれたのだ、彼女も。
「ポポラは己の欲求を優先したのです。例など不要」
「そう?でも、嬉しかったから」
「記憶に変化はありましたか?」
「うーん」
再び、頭の中を整理するが、そこだけぷつんと切れている。
「恐らく記憶を対価にしたのです」
「そうなんだ」
「後悔してないのです?」
「後悔……惜しいなって思うけど」
それに、魔法なら使いたい。
ロー達の役に立ちたいもん。
「なんだか、記憶を失う前より幸せなんだと思う」
過去、どんなことがあったとか、気になるけど、私自身がこれでいいと思っている。
そこに偽りも悲しさもない。
「戻りたい程の気持ちが貴方にないのなら、ポポラにすることは無いようです」
「無駄足にさせてごめんね」
「良い経験をしました。満足なのです」
彼女は頷くと立ち上がり、まだこの世界にいるので、なにかあったら連絡が可能、と言付けてから魔法で消えた。
今のが移動出来る魔法なんだー。
ホロンも立ち上がると居場所を知れる紙でローの居る船へと戻る。
船へ降り立つとローが仁王立ちしていて、びくついた。
なんでここに?
不思議に首を捻っていると彼がドスドスと音をさせ、こちらへ迫る。
その迫力に逃げ腰で一歩後ろへ足をやると、彼は顔を不快に染めた。
「どこへ行ってた」
「私の事を知ってるって人に会いに」
解決したので素直に申告する。
尚、ローが鬼の如くクワッと顔を怖くさせた。
「お前……!おれに黙ってたなッ」
「ご、ごめんって」
「なにかあったらどうする。最近巻き込まれたのに、なにを考えてるんだ」
巻き込まれたから、ローたちには知られぬようにこっそり知りたかった。
男に深く頭を下げ、知った過去を話したいと言う。
「おれの部屋に来い」
そう告げられ、頷くと後ろを付いていく。
魔法とか説明して平気だろうか、と思いながら部屋へ入り長居するので椅子へお邪魔した。
端から恥まで話し終えるとローは唇をムッとさせ、眼を閉じていた。
この世界ではお目にかかれない類の眉唾。
「お前はそれを馬鹿正直に信じるのか」
「本当の話しだって、私自身感じてるから」
それに、一部嘘があっても今となっては関係がないこと。
魔法は使えないし、スライムになるし。
「たとえ、過去の事が分かっても私はこの世界が好き。ローくん達と離れることもない」
「……分かった」
ローはこちらへ来るとギュッと抱きしめた。
「おれもコラさんもお前を手放さない」
「うん」
瞼がツンと痛い。