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- ナノ -
06
ローにキスされてから一時間が経過した頃、思わぬことに気付いてしまう。
体が軽い。
ふわふわと風船をつけられたかのように。
今までが鎖をつけられたようなダルさだったのに。

「ロー!ロー!」

彼が居るテレビがある部屋へ飛んでいくと走るのも楽、と驚く。
テレビを流し見ていた彼がこちらを気だるそうに見た。

「なんだ」

「体が嘘みたいに動くんだよ!」

「お前は今まで純粋な魔力を得た事がないんだな」

「魔力パックを飲んでもここまでは」

「そりゃ運ばれるまでに劣化するからだろ」

「うっわー」

思わず額を指先で揉む。
ここまで品質に差があったとは。
はた、とそこである事が思い出される。
ノーキスの人と会ったことがあるが、自分よりピンピンしてたような。

「あの、私の知ってるノーキスの人なんだけど」

と、説明してみたら彼はお前は永遠のアホだなという顔をして目をすがめた。

「ノーキスといっても、お前ほど徹底してはいなかったんだろうな」

「え、ノーキスじゃないよそれ!?」

「ほんとにノーキスならお前みたいに毎日息が苦しいなんて状態で生きてく。そんなのでまともに働いていけるか」

「あ、そんな」

ノーキス同盟は偽りの看板だった。
ショックでヘタッたトマトみたいに崩れ座る。

「別に今更良いだろ。おれらにとっちゃノーキスに程なく近いんならそれはノーキスなんだよ」

キスなしのあり、ということだ。
抵抗があるというより、出来るなら不特定多数とキスしたくないという派閥だと聞かされる。
そんな追加情報いらないんだけど。

「魔力パックがあんな劣化もんなんだから純粋な方に走りたくもなる」

まるでそれは使ったことがあるような発言。
首を上げてみると彼は革貼りのソファから遠に立ち上がっていてこちらを見下げていた。
段ボールに入れられた子犬を見る男の図みたい。

「もうノーキスだとかは良いだろ」

「よ、良くなんかない」

首を振ると彼は徐に腰を下げて距離を近付かせる。

「お前は今でもノーキスの類に入ってる。それで十分」

「もう私、ノーキスなんて名乗れない」

ローとキスしてしまったんだし。
今日から普通になった。
己がこの世界に染められたようで鳥肌が。

「アホを言うな。一人くらいでキス派になるか」

手を掴まれて持ち上げられ手首に断りなくキスを一つ落とされる。
脈が通ったところも吸収率が良いらしい。

「このままノーキスでいたいんだったらおれだけにしとけ。命令だ」



***



と、いうわけでキスを朝から受けるようになった状態での初出勤日。
ドキドキしながら受付へ向かう。
リーシャは軽快な足取りになるのを我慢し、いつもの様子でだるそうに演技する。
ここでもし楽しそうにしてしまうと変に目をつけられるかもしれないのだ。
例えば同じく働く人達とか。
既にノーキスとして悪く目立っている自分が元気だと異変を嗅ぎ取られる。
普段陰口が聞こえてくるので今更馴れ合う気はない。
ノーキスやめたんだー、なんて言われるのも嫌だ。
やめてないし、勘違いされてキスを受けられるようになったと見られるなどお断りだ。
断固拒否する。
流されてするものか。
朝、本当はローからのキスもやめて欲しいと頼んだが「体が軽いままの経験をして考えろ」と丸め込まれた。
やはりキス魔だな。
見事にキスをされて出勤した。
こんなに軽やかな進みは初めてだ。
怖い怖い。
文章だって頭痛がしないままスラスラ読める。
魔力というのは人に必要なエネルギーの一つ。
栄養と同じく摂取しなければ動くことがままならぬもの。
体育も常に休んでいるという病弱な子の扱いだったことを思い出す。
別段、運動は嫌いではないけれど。
だから、したくて堪らなかったけどキスをするくらいならやるものかと思った。
思春期だったから余計に潔癖なところも強かった。
悲しかったな、と当時のことを思い出して泣きそうになる。
いかんいかん、今は仕事中だ。
図書の仕事だって静かに動くことがあり人との接触が少ないから選んだ。
失いたくないから頑張ろう。
心の中で腕まくりをして勤しむ。
ダルそうに必死に。
同僚が楽しそうに影口悪口に勤しむ間、自分のノルマを終える。
時間になり帰ろうと鞄を持つ。
立つときに立ち眩みがしないなど。
奇跡の体験に泣きかける。
ダメ、この贅沢な感覚を望むなどと。
これを得るにはローとキスしなくてはいけないのだ。
補給の施設とて違う人とキスするのだから更に行きたくない。
けど、と心が迷う。

(この気力を知ったら元に戻りたくない)

だから、キスをしないと思ったのに。
落ち込むまま部屋へ行く。
因みに高級マンションでないマンションにローが隣に住んでいるのは第2の部屋としてサブ扱いだからだ。
普段は第2で休日は高級なところみたいだ。
部屋に入るとスマホに電話がかかってきた。
タイミングが良すぎて画面を見るとローだった。

「はい」

『感想は』

ド直球。
きたきたと気分を沈ませて震える。

『凄く良かったんだな』

「う、ん」

認めるのが悔しい。

『素直になれ』

「でも嫌だ。キスは好きな人とぉ」

『まだ言ってんのか。体のダルさと引き換えなんだぞ』

「ローは選べるけど私は選択出来ないよ」

『しなくていい。おれだけだ』

「で、でも!無理!無理!」

『お試し期間を設けてその後にどうするのか決めるのはどうだ』

「お試し?」

甘露煮のような甘々が飛び出してきた。

『お試しだから嫌ならいつでもやめられる』

「やめられる……いつでも」

くらくらしたままその甘さに指を見つめた。