09
映画を見る為に共に部屋を出る日、手を繋ぐという行為を求められた。
初っぱなから躓く。
いやいや、たまに手を繋がれる時があるからときめきが先に来てしまい繋げにくい。
どうしようかと手を震わせていると遅いという感じで少し強引に繋がれて車に乗せられる。
「車変えたの」
「2人乗りで後ろが広いから飲み食いしやすいだろ」
(どういう意味だー!?)
2人乗りを快適にする為に購入しましたと聞こえるんだが!
めらめらと肌を赤がのたうち暴れる。
恥ずかしい。
恥ずかしいことを良くサラッと言えたなこいつ。
「飲み食いするの?」
「あんまり外で見られたくねェんだろ」
カーテンも用意されているその周到さにダッシュボードへヘディングをやりそうになる。
密室空間を用意してまで考えてもらえ、その至れり尽くせり感に身分的なものが浮かぶ。
そこにお金をかけようとするのか、普通は。
帰ってキスをしようとならないのがエネルギー摂取の厄介なところだ。
「だが、おれがエネルギー不足と感じたらするからな」
「う、うん」
そこはもうこちらが貰える側として感受せねばならない問題だ。
ローは一般の人と同じなのだから、普段から常にキスが必要な体だし、普通の感覚を持っている人。
それを良く理解しておかないと彼が倒れる危険性もある。
他の人とキスした後に自分がする間接キスなんて絶対に嫌だとわがままを通すには必要なのだ。
お試し期間を重く考えるなと耳に吹き込まれる。
「お試しだろ」
「うん、うん。お試しなんだよね。だから、これも全部直ぐやめられる」
いつでもオフしても良いんだ。
その言葉が心を軽くし、緊張も和らぐ。
と、そこで男がキス魔なことを思い出して車を2人乗りで快適にする理由を思い出して気分が落ちる。
って自分の為なわけないよ。
他の人達用なんだってば。
そういえば香水の香りがする気がした。
嗅いでいるとなんだか負けたような、ランクを一気に剥ぎ取られた気分だ。
その間にも車は進む。
大型のショッピングモールに併設されている映画館はとても大きくてスクリーンの大きさに期待が込み上げる。
さぞ大迫力なのだろう。
車から降りて、となる前にローからキスの申請が来る。
「込み合ってるから体力がいる」
車を降りてエスカレーターへ。
休日なので確かに人が揉み合ってる。
大衆の中で視界にキスしているところが入ってくるので下を向く。
そうだった、こういう理由で滅多に外へ遊びに出かけられないんだ。
どこへ言っても唇ばっか。
「エスカレーターで行くと直ぐに映画館だ」
案内されていくと言った通り、映画のパネルが見えた。
見たい映画はほんわか系でチケット購入。
二人分を彼は払い、店員がローの顔を見て期待に目を輝かせた。
キスだ。
お礼のキスを要求されている。
しかし、ローはそれに答えることなく素通りし書いてある席にこちらを誘導する。
「館内はまだ明るい」
ローに待っているように言われてきっとジュースを買いに行くのだろうと送る。
彼が見えなくなると斜め横の後ろに座る人がジュースを啜る音に反応。
不味いな、誰もこちらを見ませんように。
「今の人格好良かったね。キスねだろ」
更に斜め後ろに居る二列も離れている子達の声が耳に這い寄る。
まさか、ローじゃあるまいな。
今発言した子は同姓でなく異性だった。
「おれは片方な」
わ、た、し。
ロー、と何度も心の中でSOS。
ふざっけんな、触ったら殺虫剤の刑にするんだからなっ。
あーもー、だからこういうところが苦手なんだよ。
泣きわめきなくなる衝動を抑えていつでも逃げられるようにバッグを握り締める。
す、と影が寄ってきた。
宣言通り男性が来た。
「すんませ」
「ぶっ飛ばしますよ」
「え?」
知らずのうちに口に出ていた。
男は聞き間違えかとこちらの肩に触れようとした。
「殴られたいのか」
「え?」
男と共に後ろを見るとローがコーラとポップコーンを手に立っていた。
瞳からは殺気が轟いている。
「失せろ」
「ひ」
男はローの言葉に呆気なく退散。
女は何をしているのかというと、ローのことをとろんとした眼で熱望していた。
俺様系にキュンと来るタイプだったかもしれない。
今時こういう系はみないもんなあ。