観覧車から降りて休憩すると一時間以上経っていて、次はお化け屋敷だと連れていく。
最初ほど軽く話さなくなったのは発言のせいだろう。
計算のうちだ。
そして、こちらの一挙一動を粒さに監視して警戒しているようだ。
「ふふ、ナイフなどありませんよ。ボディーチェックしてみます?」
「さっきのは」
「あそこです。行きましょう」
遮りローを引っ張る。
お化け屋敷も混んでいたが、問題なく通された。
中へ入り次々脅かしてくるゆうれいにローも自身も驚くことなく淡々と歩く。
中央付近に来るとローがこちらをちらりと見た。
「気になるなら質問に答えてあげますよ」
立ち止まりたずねてみれば険しい顔を浮かべた男が苛立ちに睨み付けてくる。
分かっているだろうと副音声が付いてきそう。
「殺すとはどういうこだ」
「さて、ローさんはどう思います?」
「分からねェから聞いてる」
成程、と頷き彼の感情を察する。
殺されろと言って動揺しているのだから。
「その体は本来彼のものだと言えば?」
「なにを言ってる?」
ローが怪訝な顔を浮かべているとにやりと笑う。
今まで一度だって見たことがない顔であるか、男は驚きと共に既視感に捕らわれる。
「ステルク。聞いているのでしょう、早く出てきなさいな」
「……?……!……ぐぅ!」
ローが胸を押さえて苦しみ出す。
10秒ほど押さえ込もうと必死に抗っていたが、ローの中に居る存在が表に現れた。
「何故、私の名を知っている」
完全に今居るのはローではない。
「私が誰かもう忘れたの?おこぼれで異物を特別にあげたのに。幻滅しそう」
それだけで彼はリーシャの発言の中身にまさか、と目を開ける。
「そんなことは、そんな、そんな!マイア様っ!?」
こちらに走りよってきたので足蹴にして転ばせた。
しかし、転んでも這う男は足元から見上げる。
子犬のような感じだ。
マイア様マイア様と何度も呟く。
漸くご対面出来たのだからこうなるのは分かっていた。
「マイア様も転生なされたのですね!ということはやはり例の異物の効果は実証されたのですか!」
ローの中のもう一つの人格、ステルク。
ローが寝たときに現れた男。
記憶に寄ればマイアがボスでステルクはマイアを心酔する金魚のふん。
右腕だとか自称していたが体の良い肉の盾扱いだ。
「ええ。香牙の実験は思っていた通りだった。貴方も芯部の異物で上手く苗床を得られたみたいじゃないの」
男の異物は魂でなく、記憶を他の宿主に寄生させる類いのもの。
胃の中なので、ステルクの生前の体の中で溶けてしまい現物は昔になくなっている。
香牙も然り。
「マイア様の慈悲のおかげです!」
マイアは前世、異物を飲み込むという人道的でない実験施設を取り仕切るボスだった。
女王とでもいうその執着の先にあったのは永遠の命だ。
数々の異物を飲み込ませ幾多の被験者の亡骸の末に女王は厄介な己を邪魔するもの達に嗅ぎ付けられるその瞬間、飲み込み、命をかけて香牙をその身に入れた。
ステルクもその後飲み込んだのだろう。
どうでもいいが。
正直、飲ませるのではなかったと思う。
だって、鬱陶しいのだこのふんは。
生まれ変わってまで引っ付かれては気持ち悪い。
「お祝いに私から祝福のキスでもしてあげましょうか?」
ローの顔をしたステルクは嬉々とした。
気持ち悪いなと首を傾げて互いに近付くと向こうから先に口付けてきた。
「マイア様!マイア様!」
このお化け屋敷には結界を張っておいたので誰も彼もがここへ来ないようにしてある。
「あ、がっつかないで」
二度目になるキス。
マイアは資料として被験者のカルテを残し被害者として記録を残していたのでマイアがボスと知るのはこの男しか居ない。
「……え?」
ステルクが気付いたときには体が熱くなっていた。
「体が熱いです、マイア様」
「残念ですが、私はマイアではなかったりするんです。ゴミ」
「ま、マイア様!?」
即効性ではないから真実を語る時間くらいはやれる。
薄く笑みを浮かべる女はマイアにしか見えない。
「先ず貴方達二人は勘違いをしてるんです。香牙はね、永遠の命を得るものではない。マイアは記憶を引き継ぐものと思って使用したらしいですが」
「なっ!それなら、なんなんだ!」
煩い小僧だ。
「今までの知識を吸収し蓄積するんです。マイアの足らないすかすかな頭では耐えられなかったらしく、私に押し負けました。勝負にもならないくらい秒で」
マイアはあの日、香牙を飲んだ。
死んでしまったのはその蓄積された情報料や異物を飲んだこと、様々な事をもって魂は消し飛んだ。
けれど、記憶は香牙に効果通り蓄積された。
「ま、さか。お前は……」
男は思い至ったのか震え出す。
怖いだろうな、人の形をした異物、異物が人として生まれたことを。
不思議ではない。
香牙は形状、すなわちDNAを取り込んだのだから、人になるのは進化なのか退化なのか、突然変異なのか。
人になったせいで情報の全てが脳に入らなくてかなり削られた。
しかし、あり得ないことを体験しているので我慢している。
「ステルク。貴方には今まで飲み込んだ異物達、ローさんの体を乗っ取らせることが出来ないことを含め、死んでもらいます」
「え、あ!?」
ステルクの魂に今、ルコルッタのエネルギーともう一つのエネルギーを混ぜたものを口に乗せた。
「マイアは木っ端微塵に消え去りました。思い残すこともないですよね」
「ひ、ぃ!?」
「幾多の命を葬ってきたゴミがいざその番が来たら悲鳴をあげるなんて、滑稽です」
クスッと笑う。
「た、たすけて、ください」
「ダメです。その体は一つしかないので。あなたかローさんかを取るのならローさんですから」
ゴミはいらないのだ。
ぺこりとお辞儀をして礼儀正しくお別れの儀式。
「私、ずっと貴方達が大嫌いでした。私の異物達を無惨に溶かした……万死に値する」
異物も感情を持っている。
それを飲み込む人間も。
共に死んでいったのだ。
たまたまステルクの異物が溶けたからステルクの魂、記憶がローの体に移れたのは、奇跡だ。
乗っ取ることなど到底叶わない程もう効果は残ってないようだったが、憎い男を放置するほど恨みは浅くない。
だから、死んでもらうことにした。
生かしてなんの意味があるのかというくらいに。
「あと、貴方は気持ち悪いからローさんと過ごすときに不快なので」
最後に付け足して、ステルクの魂は消滅した。
寄生している記憶が弱いから本来のもちぬしの魂にはなんら傷付かない。
がくりと地面に倒れる男を見て、スマホを取り出して救急車を呼んだ。
緊急入院とやらでドフラミンゴにも電話をかけると直ぐにドフラミンゴの経営している病院に運ばれ、ワンルームのところに入る。
金持ちだ。
医者に寄ればあちこち打ち身をしていて、体力もかなり消耗しているらしい。
魂を消滅させる時にぶつけていたからね。
ドフラミンゴに聞かれたけれど、さぁ、と誤魔化した。
言っても信じないし。
なにより、言う義理もない。
ただ、ローの中に居る存在が消える的なことを言って苦しんでいたと言っておく。
それで理解したドフラミンゴは嬉しそうに笑った。
「もう一人の男に迫られて大変でした」
「袋叩きにしなかったんだな」
「私の夫候補の一人ですから死なれては困るんですよ」
「……ん?」
ドフラミンゴは初耳な発言に聞き返した。
次には大笑いしていた。
やっぱり面白いなと言われたが今のどこに気に入る要素があったのか。
ドフラミンゴの中で三段階気に入り度が上がった。
「嬢ちゃんはおれの愛人にと思ってたんだが」
「すみません。なるのならローさんの愛人になりますから無理です」
「フッフッフッ!見る目があるじゃねーかァ!」
「耳元近くて鼓膜破れちゃいますから。あと、病人居ますから」
ドフラミンゴの愛人など嫌なので思ったことを返しただけ。
その大笑いに響いたのかローの目が開く。
うるせー、という声と共に。
「おお、ロー。ここは病院だ」
「くそ、いてェ」
「嬢ちゃんと一緒で良かったな」
「は?」
横を見たローと目が合う。
「ドフィ、こいつと話がしたい。盗聴はするな」
「頑張れよ」
にやにやして出ていく。
あれでも心配しているのかもね。
「あれは、夢なのか?」
「夢とは?」
「お前がマイアとか、ステルクとか」
「あー、あの人そういうこと言ってましたね」
「どうなってる?」
「ローさんを蝕むもう一人の男を私が消滅させたってことは真実ですよ」
「……そんなことは出来ない」
長年すくっていた男の呆気ないものに納得出来ないのは時間が浅いからかな。
ローは今まで異物を研究してうちなる魂、人格をどうにかしようと頑張っていたらしい。
語る内容はベビーだ。
「どうやった」
「んとですね。所謂縁切りをしました」
「縁切り?」
肉体がなければ魂及び記憶は保持など無理。
肉体と記憶を分離し破壊。
「言葉で言うと簡単だって思われるので、これ以上はちょっと」
「ドフラミンゴにバレても良いのか?」
「ローさんこそ、恩人にそんな口をきいてもよろしいのです?」
「勝手にしたんだろ!」
「困りますから。私の夫候補に余計なものがあっては」
ヒートアップしそうな男はこの発言にポカンとする。
初耳だろう、全部。
「なんだそりゃァ」
「なんでしょうね」
とぼけてみたらまた怒るのでクスリと笑みを張り付けた。
「言いたければどうぞ」
そうして、ローへ顔を寄せて唇を重ねた。
離れると頬に触れる。
「内緒にさせるためにこうやって口止めしますから」
継承されるのは悪魔のような誘惑も。
男は唖然とすると唇をムスっとさせた。
「ステルクの野郎としたのを思い出した」
「あんなの手順のひとつですから」
宥める為に背中を叩く。
「今のところドフィには言わないでやる」
ローは座っていた体勢から寝転ぶ。
「そうなんですか」
報告されたって言うことなどないから。
「おれもお前を妻候補の最有力として見なしてる」
彼は横を向いてからこちらを向く。
「お互い最有力ですね」
無表情に戻った顔でリーシャは帰りますねと一礼して病室から去る。
悪魔の所業の如く告白をしたローを置き去りにしていく。
男はというと「あいつ!」と体に響く程叫んだ。
病院から出たリーシャは男の居る病室を見上げてから空を見た。
「夫を尻に引くとはこんなにも快感を抱くのですね」
しっかり一人頷き、意気揚々とバスに乗り込んだ。
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