01
父という存在は、関係が深いほど、絆を強く感じる程に存在感がある。
うちの父はちょっと変わった人で若い子を育てたいという気持ちだけで小さな事務所を作った。
しかし、名のない事務所に登録したいという物好きはおらず、1人か2人は入ったものの、1人は途中でやっぱりやらないと止めて、1人は少し仕事が取れて別のうちよりも大きい事務所にヘッドハンティングされて何も言わずに抜けてしまい、手酷い裏切りを受けた。
母は父が事務所を建てると言った時点で付き合ってられないと離婚を申請しあっさり娘も放って出ていく始末。
その当時は小学生だった。
やめることは仕方ないとしてもなんの話もなく勝手に止めて勝手に移った人の行為で父は少しげっそりした。
一度始めてしまったからか父は諦められずに畳まなかった。
大学に通い忙しい時期に父の事務所はいつの間にかなくなっていた。
それから仕事で実家に返ることなく、慣れてきたころ、テレビに流れていくCM。
『はい、私がこうやって芸能人としてやっていけているのはファンの皆様のお陰です』
記憶よりもフケたあの、事務所を無断で鞍替えした男。
いけしゃあしゃあと良く言う。
この男のせいで父は体重が何キロも落ちた。
あんたが仕事を受けられたのは父が奔走したからだよ。
1人しか居ないやつの為に寝るのも惜しんだのに、なんてやつだろう。
それからちょっと甘い言葉を受けたくらいで、あんな風に事務所を、まるでドロ船のように。
今まであまり沸かなかった悔しさが拳を作る。
当時はヘッドハンティングされたんだとぼんやり思ったが、あっさり人を裏切れる醜さも同時に体感した。
どこか他人事だった。
でも、仕事を体験した後ではその無責任さがどれ程のことか分かる。
そして、事務所を畳んだ時の父の傍に居られなかった後悔も。
『今年の映画もスゴい!』
CMを流し見ていくうちに瞼が重くなり、眠りに着いた。
コロン、と耳に何かが転がる音。
いや、鈴の音かもしれない。
――バッ
慌てて居眠りした状態から起きる。
『チャラッチャー、美味しい!』
CMが流れる。
今何時だろうか。
――ガーッ
掃除機の音?
うちは便利なルンルンなんて買ってないし、それよりも狭いし。
「ちょっと、いつまで寝てるの?」
「へ?」
後ろを見ると見覚えのある部屋。
記憶よりも少し若い女性。
「バ!……じゃなかった。母さん?」
思わず心の中で罵る時のババア呼びしちゃうとこだった。
本能的に回避したようだ。
「寝ぼけてないで早くランドセル置いてきて」
掃除機をかけたままこちらを見ずに言う母。
なにがなんだか、あ、もしかして夢なのか。
だって、ダサい服を着てる自分はどう見繕っても背が小さい。
夢でなきゃなんなのだと。
父がほろ酔い気分で部屋へ入ってくる。
「今日はビックニュースがあるぞ」
――ドクドク
凄まじい既視感がぐわらぐわらと襲う。
そう、そうそうそうそうそうそうそう。
この後、母は出ていく。
「とおさん、まっ」
「事務所を立ち上げることした!」
遅かった。
とっくに母は掃除機を止めていたのでもう止まらない。
――その10日後、母は出ていった。