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- ナノ -
09
タイムスリップしたのは奇跡だとしても、前の自分を上書きしている事には変わりない。
だとしたら、前の己はどこに居るのか。
もし、なにかを犠牲にした上での今があるのならそれは昔の自分だろうか。
今より一年前、元母がなんの前触れもなく父の前に現れてやり直そうと言いに来た。
きっと事務所が成功したからだ。
勿論、リーシャはぶちギレた。
文句も沢山言った。
虫が良すぎるって。
肝心な時に何もしなかっただろう。
でも、父はお人好しだから。

『お前が苦しんでいる時に支えたのはどいつだ』

苦しさにもがいていると声をかけたのはローだった。

『お前の代わりにやったのは誰だ』

言いたいことを代弁してくれた。

『お前が今度は報いるべきだろ』

報われたいと思ったことはなかった筈なのに、報われたいと思ってしまった。

「こんなとこに居たのか」

後ろを見るとローが立っていた。
ローの顔がぼやけて見える。

「どうした?」

様子が可笑しいと感じたのか近寄ってくる。

「おい」

トリップする前にあのとき必要だと思っていたのは声だった。
では、必要なくなった今、声なんて必要、あるのかな。

「おめでとう」

今までで一番静かな声音。

――クラッ

「おいっ」

意識がブレていく。

――ピッピッピッ

目を開けると最低限の物しかないところで寝ていた。
夢?
どっちがどっちの夢?
横を見ると父が居た。
少し痩せた。

「リーシャ?」

その言葉に答えるように彼を見る。

「父さん……今、幸せ?」

父は歯に物が詰まった顔をし、息を吐く。
こんな顔珍しい。

「ああ、幸せだ」

その言葉が聞けて満足だ。
破棄のない声をどう取ったのか父が立ち上がる。

――バン

「ふざけるな」

扉が強く開かれて男が入ってきて見舞いの花を打ち捨てる。
そして、弱々しいリーシャの胸ぐらを掴みスパァンと叩く。

「いったあ。叩いて良いのは叩かれる覚悟があるやつだけっ」

「じゃあさっさと叩け」

父がおろおろしている。
目を開けるとローが佇んでいた。

「あんたはさっさとハリウッズでもなんでも行きなさいよ」

もう関係ないだろうに。
引く手数多な男だ。

「事務所を変えたら手続きに何億もかかるだろうがめんどくせぇ」

今となっては払えるだろうが。
ポンッて。

「お前が作った契約書に書いてあんだよ」

「あたり前じゃない手酷い裏切り対策にね」

「こっちの台詞だ。敏腕寮母が指揮下がることやってんじゃねェ」