他の誰かを呼んだと希望を抱いていたが、紛れもなくネネカだった。
真っ直ぐこちらを見ていて、障害物もなく。
(あっ、お酒お代わりとか?)
呼ばれて動かないといけないだろうから、ヨソヨソと近付く。
出来るだけ距離を空けて止まる。
男は全身をジロジロ見るので、まさか脱げと言われるのだろうかと想像し、震えた。
まさかの、まさかだろうさ。
(いやだっ)
「ぬぬぬ」
「あ?」
「脱ぎませんよッ」
「は?いらねーよ」
「ん!?」
確かに望んでたけど、言い方考えろ。
もう少し配慮。
「じゃ、あ、なんで呼んだんでしょう……」
「生真面目に手伝って、お前バカなのか?」
「えッッッ」
思っても見ない言葉に口をパクパクさせる。
「いえ、少なくとも、考えて、マス」
しどろもどろになって答える。
キッドは顎に手をやり、疑わしそうに見つめてくる。
「それに、お前……なんでそんなに話せる」
「は、え?」
「普通は海賊に誘拐されたら見えないところで震えているだろ。お前はなんでそんなに慣れてる」
(一回誘拐されているから)
一度誘拐され、冒険もしたら、そりゃ少しは度胸もつく。
それに、危害を加えられるような空気を感じず、コックに褒められたのだ。
安全と思っている。
それより、キッドは適当に連れ帰ったから己の事など忘れているかと思っていた。
案外記憶力が良いらしい。
「今までも適当に船へ持ってきた奴は居るが、お前ほど馴染んでいる奴、更に女は初めてだ」
(常習者じゃん!)
船員達も動じないと思っていたが、いつものことだったようだ。
とんでもない快楽を求める男に引く。
「馴染んでません」
「コックの手伝いなんてしたやつ、初めてだ。なァ、キラー」
近くに居た男に話し掛ける船長。
「ああ。確かに少し違う」
当たり前だ、無理矢理連れてきた女が自発的に仕事するわけない。
軽く考えすぎだ。
もっと深刻に考えておいた方が命を守れるぞ。
闇討ちされると考えておくべき。
料理になにもなくて良かったね。
本物の恐怖的誘拐なら命がけで逃げ出すところなのである。
内心荒ぶるネネカ。
誰でも良いから誘拐された哀れな女をきにかけてほしい。
ホントに。
腹が立たないけど、ちょっとモヤッとするよ。
男性に機微を察しろ、ましてや、海賊に察してもらうのは至難の業になるんだろうが。
「働きやすいからですかね」
へら、と笑ってスマイルを浮かべた。
「お嬢ちゃん変わってるな」
凶面な男に言われ、平凡ですよと言っておく。
男達は平凡の意味を少し混乱したまま取り敢えず頷いておいた。
普通は泣き叫ぶのが先にあろうもの。
それがなく、率先して働く姿に少し愛着が湧いた。
ネネカは複雑になりながらも、怖い顔をしているが特に暴力を振るわれぬことに安堵し、これなら大丈夫だと確信した。
船長船長と敬われる生活よりも余程ホッとするかもしれん。
「なー、添い寝してくれよ」
さっき己に不躾かつ、セクハラを働いた男がまたアホなことを言った。
「ハンバーグの具材に立候補してくれるんですね。コックさんに言っておきます」
(それ、ミンチのことだよな?)
(コックに頼むとかすげー)
「ははは。そんな脅し文句なんかでビビるわけないだろ」
メンタル鋼かよ。
「コックさんんん!」
コックにチクりに向かう。
コックに事情を説明してもらうとミンチの道具を貸してくれた。
「その人を止めてくれなかった皆さんに連帯責任を取ってもらいます」
再び食堂へ戻るとみんなを前にミンチと道具を前へ見せ、ソッと語る。
「なんだなんだ」
「ペナルティか?」
「連帯責任ってなんだよ」
女はミンチの道具を見せて男達にこんこんと説明する。
その人を止めてくれなかったので、この加工の機械でその人の髪の毛を加工して食べさせるというもの。
コックに普通は怒られる所業である。
「ヘッ、髪の毛程度で気にする奴なんていねーよ」
「毛根だけではありません。なんなら体液でも混ぜてごらんにいれましょうか」
気が高ぶってしまってやめ時を失う。
直ぐに手前でなんちゃってな行為を止める予定だった。
しかし、啖呵を切ってしまい、気分高揚に段々楽しくなってしまう。
皆見てるだけでだーれもくだらないとか言って、出てってくれれば自然にやめられたのに。
全員思いの外ノリが良かったのだ。
決して己のせいじゃない。
治安が悪いのがそもそも可笑しいし。
キッドはくくく、と楽しそうに笑う。
冗談と通じているみたい。
キラーという人も静かに見ているだけ。
というか、さっきのことを言った人をどうにかしてほしいのだが。
セクハラを咎めてほしい。
船長は期待できず、あとはその男の仲間でもいいから。
海賊からセクハラを受けるなんて難しくて逆にレアだ。
男達に不満を抱き、ホワイトな海賊でないことは仕方ないと作業を進めた。
とある日、キッドがまた女を浚ってきて、その女が大変個性的であったことで、騒動に発展していく。
女を見る目を養ってほしい。
せめて、男として成長してほしいのだ。
女は只の弱々しい女でなく、変な、とにかく風変わりというか。
彼女はチニリというのだが、船に無理矢理のせられたことを嘆いた。
まぁそれは普通の感覚なので良いのだが、なぜか自分に絡んでくる。
それがストレスだ。
「ちょっと!聞いてるの!」
(う、るさーい)
耳元で言わずとも聞こえているのだが。
女はこちらに気づくと直ぐに近寄ってきて、哀れな被害者となる。
ネネカも同じ被害者であることをまるっと忘れているらしいけど。
被害者なのは同じなのに何故言うことを聞かなくてはいかないのか。
絶対にかかわり合いたくないので大抵無視だ。
しかし、己を使用人のようにこき使おうとするので天下の宝刀ユースタス・キッドの傍に居るようになった。
そのため、近寄らなくなるが一時的なものだ。
「ユースタスさん、困ってるんですが」
「お前日に日におれに遠慮なくなって来てるな」
酒を片手にポーカーをしているキッド。
仲間達もまたか、と苦笑している。
苦笑しているのは勿論、女の件についてだ。
女はあんなに己にたいして強気なのにこの男達に対しては弱気なのだ。
目撃したから知っている。
その弱気をこちらに寄越せば少しはフォローしてあげられるが、する気も起きない。
なぜなら、腹が立つから。
誰だって顎で使われたら疲れるもん。
なんだかもう、キッド海賊団に居るのが面倒になってきたので元の船に戻ろうかなと思い始めていた。
すきな所に戻りたくなるのならば、それはもう故郷なのだなと嬉しさが募る。
「ネネカ〜」
「ぎゃっはは!お呼びだぜ?」
「メイドちゃんだな」
「ほら」
「皆さんッ、脱毛剤混入されたって知りませんからッ!」
「「やめてくれ」」
呼ばれているがキッドの傍に行ってしゃがむ。
人の声が聞こえているからここには来ない。
なんせ、彼らが怖いのだ彼女は。
10分間世間話をして時間を潰し部屋を出た。
結局なんの解決策もない。
ただ、自分が出れば良いさ。
「はぁ……なんで混沌を船に入れるかな」
ため息も100回くらいつきたい。
そうこうしている間に違う星に着いた。
彼女は本当に一般人みたいで脱走を試みていた。
しかし、今回脱走を企てたは良いが、意外なところで中止となる。
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