さて、過去に思いを馳せている間にも隣の男は去る気配がない。
ピアスをつけたアダルディな流し目を寄越してくる。
「隣座るぞ」
まるで口説く前触れの台詞に背筋がピキンとなる。
「他にも席は空いてるわ」
そう、がら空き。
わざわざ真どなりとか。
「一人で飲むのは寂しいんでな」
嘘こけ!
「有名な男か寂しいだなんて面白い冗談ね」
この言葉遣いはアニメで学んだよ。
バーにいる女はこんな話し方が常だし。
「男でも寂しいものだ。お前も一人か」
さも初対面でみたいな話し方してるけど長年の友達ですよね私達?
「ええ。見ての通り」
お酒を口にしつつ周りを見渡す。
チッ、ローの部下がバー内に紛れ込んでる。
「最近電話しても出ない女に痺れを切らしていた所だ」
「それ、私に関係ある?」
「さァ、どうだろうな」
く、スクリュードライバーなんてもんを頼みやがって。
この飲んべえが。
「長居し過ぎたみたい。そろそろ行くわ」
立ち上がろうとしたら太股を押さえ込まれた。
「乱暴な人は嫌いよ?」
「その話し方そろそろ止めろ。あと、逃がす気はない」
「そう?気に入らないかな?」
くるりとローの方へ向いてしなだれかかる。
僅かに驚いた気配があった。
しめしめと笑う。
「百戦錬磨のあなたが固まるなんて、不意打ちは偉大だね」
ゲームには負けたら進まないシナリオと負けないと進まないシナリオがあるのを知っているだろうか。
今は多分勝たないと永遠にエンドレスするシナリオ。
「そんな事を言って後悔してんなよ」
トラファルガー・ローはいくつもの曲を作り出している指先を肩にかける。
「私達今対外的に即席カップルみたいだよ」
「お前からしなだれて来た癖に」
クッと歪にしっとりとした雰囲気で笑みを浮かべた。
「バーマジック。直ぐにその魔法は溶ける」
「三分の正義の味方気取りか?」
「カップラーメン現象」
「色気もくそもない」
ないのだよ、最初から。
「人の尻をコソコソする人にはおしまい」
パッと離れる。
三分じゃなくて一分ちょいの即席だった。
「ねぇ、私、一人にしてって言ったよね」
「お前に話がある」
「もう発掘は止めたの」
皆、発掘した人以外が期待してくるが、どうでもいい。
そんなもののために発掘してきたんじゃない。
足りない情報を埋めただけだ。
プリントの白紙部分をシャーペンで埋める作業と変わりない。
いつも被っていた帽子がなくなると無意識に部屋を見回して探す。
そんな条件反射なのだ。
ローも発掘してきた人もセリの事を勘違いしている。
天才じゃない。
ただ、本来生まれる筈だったものを上からなぞっただけなのだ。
曲だって全てを完璧に覚えているのではなく、耳コピーのものだし、それをローに伝えたら知っている曲として完成していた。
産みの親には敵わない証明。
なのに、お前のおかげだと言われるのは罪悪感しか生まない。
一足遅く生まれた曲は今もバーで流れている。
「もう関わらないで。十分曲は作ったでしょ。私の力がなくても貴方一人で作れる筈」
瞳を下に向けて視線を下げた。
今までイントロを必死に教えたが、もうネタは枯渇した。
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