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目の前で人が気絶するという謎。
まぁ気にしなくても良いよね。
オッケー、先ずはこの海から離れよう。
潮が引いたみたいだからここは退散。
ローのところへ行こうとした途端、後ろからまたザザ、と音がした。
なんなのだろうと振り返ると水がぐにゅぐにゅした形になって足に粘りついてきた。
ぺったりと張り付いたそれはなんともいえない感覚だ。
これはなんなのだろうと考えても分からないので、首を捻っていると急にグンッと引かれる。
「えっ」
目を白黒させた。
「なっ、リーシャ!」
誰に呼ばれたのかと見るとローだった。
初めて名前を呼ばれ――。
「うあぐ」
気づいたときには水の中で、口から泡を出していた。
ゴボゴボと音が耳にこだまする。
己が今、何かに引き込まれているという危機。
最後に見せたローの焦った顔はレアだったなと走馬灯がわりに考えた。
走馬灯なんて回らないんだし。
水は苦しい。
咄嗟の事で魔法について思考が行き着かないせいで潜水が出来る魔法を使えなかった。
ミスだ。
あまりの苦しさに足掻いていると手首が反対側に引っ張られる。
水中では目がぼやけていて輪郭さえも不明だが、両側から引っ張られているらしい。
別の何かか、足にある何かかも判断が出来ない。
ローだったのなら嬉しい。
無我夢中で手首の方に巻き付く何かにすがり付く。
潮に巻き込まれたかのように引き込まれていく。
このまま死ぬのだろうか。
また、死ぬのだろうか。
――ゴオオオオ
ぶくぶくと気泡が耳の傍で弾ける。
やがて、意識もなくなった。
冷たいものが顔面に付く。
――ピチャン
何の音だろうと手を振り払う。
無意識に顔に着いた物を拭うと湿り気を感じて不快感に目をうっすら開けた。
ボヤけた視界の中でネズミ色が始めに見えた。
少しずつボヤけたものが取れるとそれはごつごつしていた。
仰向けになっていたので起き上がる。
お尻も同様に固い。
どうやら全体的にネズミ色の湿ったコンクリートの中に入れられているっぽい。
鉄格子も見えたのでどう見ても囚われの図。
助けてもらったとかいう感じでもなさげなので、マイナス面での始まりだろう。
他に何か得られる視覚情報はないかと辺りを見回すと端の方で薄暗いながらも人体のような影が見えて、のろのろと起き上がる。
縄もかけられていないなんて随分油断しているな。
しかも、この牢屋は広い。
あちこちからピチャンピチャンと水滴の落ちる音がする。
地下だったりするのか。
人影に辿り着くと、見知った顔に度肝を抜く。
本来、捕らえらることはないだろう男だし。
「ええ。ちょ。ロー。ローっ」
ひええ、と思わず嘆いてしまう。
そもそもなんでこんなところに寝転がっているのか疑問だ。
ちょちょいのちょいでどうとでも出来るんだろうに。
動揺を隠せずにユッサユッサと揺らす。
コーヒーカップとアトラクション並みに揺らす。
揺りかごレベルに留めたいのは山々だけど、今はそんな生ぬるい事は出来ない。
ローが捕まるというのは相当な手練れなんだし。
思いっきり加減なく揺らしているとガッと足に腕が巻き付いて転ばしてきた。
わっと驚いて尻餅を付くと彼の嘲る声が聞こえた。
「油断しすぎだ」
海に引き込まれたことか、今やられたことか、どちらだろう。
「そんなことより、大変っ。なんか鉄格子に囲まれてて」
今はローの軽口に付き合っている暇はない。
一刻も早くここから出なきゃ。
逸る気持ちでせかせかとローを催促。
「脱出しなきゃ」
慌てているとローが落ち着けと添えてくる。
しかし、こんなことは起きたことがないからどうしても慌ててしまう。
犯罪に巻き込まれてしまった感が否めない。
先ずはローに意見を聞いた方が良いだろうと彼の方へ視線を寄越す。
「ロー。何か打開策ある?」
「今のところない」
うっそだあ。
ここの事知ってたんでしょ?
拐った犯人の手引きしたんだろうに白々しい。
「じゃ、じゃあ把握するためにここから取りあえず出て歩こう?」
ローに不審にならないように自然な成り行きを提案する。
男もそれで異論はないのか頷く。
得てして、二人っきりになってしまった。
どうすりゃ良いのか。
だって今までは団員が共に居たから二人だけというのはあまりない。
酒場とか町中で会うけれど人目があるし。
扉はあっさりと開いて拍子抜けした。
てっきり犯人を気絶させて脱出するのをイメージしていたから。
映画の見すぎかな。
「ロー。なんだかここ、可笑しいよ。拐ったのに見張りも居ない」
「ガバガバで逆に怪しく見えてくる」
「犯人見なかったの?私はそれどころじゃなくて」
「海の中じゃ視界も悪い上にお前を捕らえたのは透明な何かだった」
じゃあ遠隔の魔法でも使ったのか。
しかし、ローは姿を見ても見たと言わない可能性もある。
プロデュースする犯罪なのだし、始まる前からバレては支障も多かろう。
「転移で上に行けないの?」
引っ張られていたから地下なんだろう。
「試してみるのもありか」
スッと顎に手をやり考える仕草をする。
うーん、様になる。