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しかし、しかしだ。
ゲームの中で、ヒロインに対してだけはやたら話すのだ。
遊ぶように。
それを知っているので、あまり無口なのも信用されてないのかなと思ってしまう時もある。
要するに不安なのだ。
キッド達だってもうカップルが成立しても可笑しくないのに。
自分はヒロインでもなんでもないから不足なのだろうか。
だから、ローはこちらに感情を向けてくれないのかと。
何もかもが、不安になる。
積み重ねてきたものが無駄だったときというのはとても恐ろしいのだ。
この世界に来た時だって元の世界の自分が真っ白になってどうにかなりそうだったのに。
もし、心の支えのローが自分に無関心なら。
そこまで考えて、いけないいけないと首を大きく振った。
「おれなのが不満か」
「え?」
唐突にそんな事を言われてちんぷんかんぷんだ。
前の会話がそもそも無いのだから、訳が分からない。
「不満なんてないよ。ただ腕を掴んだのになんにも言わないのかって不思議に思ってただけ」
「あいつら、ユースタス屋のところへ行こうとしてた」
「だって友達が食べてるから私も食べようと思って」
リーシャが指をさすと彼はその方向を見てから、少ししてこちらへ再び向く。
「じゃあ行け」
彼は手をするりと解く。
呆気ないそれを感じて、じゃあ、と言われた通りに向かう。
「ローも食べる?」
「気が向いたらな」
おお、ニヒルに笑った。
珍しい。
彼はかっこ良く後ろへ歩いていく。
こういうのスチルとかにありそう。
「これお願いします」
メニューを頼んで受け取り口に入れ、転がす。
うん、夏を、じゃない、海を満喫してるな。
「んー」
味わっていると団員の一人がこちらへやってきて声をかけてくる。
彼はこちらを向いたリーシャにまだ泳ぐのかと世間話を寄越してきた。
こういう手の話は幾度となくやっているのでさらりと答えは出る。
ハート団と日常会話を楽しむって今でも変なの。
違和感は無いが、不思議だ。
食べながら思案しているとキッドの右腕である男がパーソナルペースへ入ってきた。
「横、座っても良いか」
喋っていたハート団の男は警戒しながら向こうへ移動する。
「はい。なんでしょう」
適当にしておこう。
キッドの関係者だから自然と警戒してしまう。
「気を張る必要はない。キッドに言われて来たのではないのだから」
そうなんだ。
でも、キラー程の人がなんの用で来るのだろう。
「うちの者が随分なついてたから興味が出ただけだ」
キッドのことではなくヨルムのことか。
瞬時に理解した。
キッド本人に好かれているのはあからさまで分かっていたが、キラーにも好まれていたとは。
随分馴染んでいるらしい。
そこまで思われるのにどれ程費やしたのだろう。
参考までに次は聞こう。
リーシャだってそれなりに年月をハート達に注いでいる。
なのに、まだローの手応えを感じられぬ。
それはそれで焦るというものだ。
「かつて共に居ましたからね」
「ほう。どんなことをしてたんだ?」
そう聞かれて、懐かしい日々がふわふわとよみがえり、泣きそうになる。
ああ、思い出してはいけなかった。
「そうですね。一つの目標に向かって毎日話し合ったりしてました」
ゲームのシナリオやバグの処理。
ゲーム画面へ行くときの通信の速度を改変したり
「と、まぁ、そんなものですかね」
物悲しくなる気持ちに蓋をする。
思い出したって元には戻らない。
「なにか変な事を聞いてしまったのならすまない」
「え?」
突然謝られて困惑する。
「いや、なんだか気分が落ち込んでいるように見えた」
ああ、と納得した。
我慢をしようとしてそんな顔になっていたかもしれない。
キラーには悪いことをしてしまった。
わざわざ言ってくれるという丁寧さに、知らなかった一面を知れた。
彼はこんな風に気遣いが出来るのだな。
ヨルムは彼の心情を知っているのだろうか。
細かい事が気になってしまったが、今はキラーの誤解を解かねば。
「いえ、ただ、物思いに耽っていただけです。思い出し泣きってやつですよ」
「成る程。思い出し笑いではないのだな」
クスッと微かに漏れ聞こえた声。
あー、笑ってもらえて良かった。
冗談も上手く受け取れるなんてやるなあ。