それは雷のように見えた。
そうではないと知ったのは雷に撃たれて凡そ1時間後のこと。
そもそも雷に打たれるなんて変としか思えない。
珍しく室内ではなく野外で眠りを貪っていた。
いい天気だから日光に浴びたくなったのだが、本能というものだろうか。
すよすよと心地よく感じていると聞こえたのは、ピリ、という電子音にも似た音。
はて、こんなところに現代に近い機械でも?と白昼夢を疑い薄目を開けた。
電子音は空から降ってきた。
それだと分かったのは空が見間違い程度に思えるくらいで一瞬閃光したから。
「なに?んに?」
寝ぼけた頭でなにか危険なことでも起こるのかと見極めようと目を凝らした。
ついで分かったのは雷っぽいものが見えた。
それが最後。
目を開けたらなんと、室内に居た。
目をぱちぱちとしていると年季のある部屋だと知る。
「ハートの船じゃない?」
雷に打たれて海に落ちたのかと疑う。
場所を知るために本などを見るが、医学的な書物や博識な家主を思い起こさせるものがあることを結果的に推測。
船医の居る船が、医者が居る島に拾われたか。
どちらもあり得ると冷静をかかないようにしていると、ガチャと音がして振り向いた。
「あ、こんにちわ」
かなりダンディな男の人が立っていた。
めっちゃイケオジ。
「この部屋の人ですか?」
「……あァ」
少しの間はなんだろう。
その間が実は一番怖いんだ。
「私、リーシャと申します」
白衣を着ているから医者みたい。
「そうか」
戸惑った顔で見てくるので愛想笑いする。
「ええっと、お名前を聞いても?」
しかし、名乗られない。
「悪いが問診と診察を受けてもらう」
「エッ」
いきなり?
知らないところで?
いやぁ、いくら医者でもそれは。
「あ、えーっと、ここはどこですか?帰ります」
「おそらく帰れないだろうな」
「な、え?」
それは帰らせないぞッ、って意味?
恐怖心がゾワッとせり上がる。
「か、帰ります」
診察は勿論、ことわーる。
「駄目だ。色々不確定要素があって危険なんだ」
意味分かんないですが。
目を潤ませて横歩きで扉へ近付くが、男性はやれやれといった顔でこちらへスッと近寄る。
「な!ヒッ!!」
咄嗟に己を庇う。
「防御態勢のみか。なら」
ブツ、と呟き出すのでぽかんとなる。
危害を加えられなかったと今のは安堵し、相手を見ながら再び足を出す。
「その怯え方、変わらねーな」
「!?」
まるで私のこと知ってるみたい。
知っているのかと質問すると優しい目を見せてくる。
でも、私を見ているようで見てないかも?
そういうの疎いからなぁ。
「わ、私に手を出したら怖い人たちにボコボコにされます」
咄嗟に口から出任せを言う。
「あァ、そうかもな」
知っててここへ拉致してきたというのか。
「あの、あの、人質としての価値はないです」
「それは分からないだろ」
「あと、貴男みたいなカッコいい人は人質なんてしなくてもお金くれる人いっぱい居ますよ」
わざわざ海賊から攫ってこなくとも稼げますよね。
男は目を丸くして笑う。
まるでローと同じ笑い方。
「似てる……?ーーもしかしてトラファルガー・ローさんの家系の人ですか?」
父親にしては若すぎるから父親の弟とかかな。
いや、母親似かもしれん。
「まァ見方を変えれば一番近いな」
なにその謎掛け。
そんなのされても困る。
ナイフでも振り回して逃げるのに邪魔な情報だ。
血縁者なら下手に危害を加えられそうにない。
そもそもナイフも握れないけど。
「仕方ねェか。その脳みそに理解できるか分からねェが、聞け」
初対面の名無しの罵倒が酷い。
「おれはトラファルガー・ロー。年齢は45だ」
たっぷり時間を使って無言になる。
(こ、この人、ヤバい人……)
「あァ、その顔はこれっぽっちも信じてねェ」
(この人、変態)
「お前だからアホな思考を許してやる」
「ひぇ」
「にげるな」
逃げてもお前の知る奴はここにしか居ない。
後ずさる中でも耳に残る。
「じゃあ、私は何処にいますか?」
その妄想に付き合うしか逃げられないのなら合わせよう。
「お前はきっとあっち側だな。お前といれかわったんだろう。今頃お前を見てあいつらは刀を抜いてるだろうな」
「そ、それは……死ぬのでは?」
「あいつは、お前は逃げ足だけは凄いから平気だ」
「そうですか……で、私はどうすれば」
「知らねェ、と言いたいが、特別に未来の船の中を見せてやる。来い」
と、渋々ついていった。
全く覚えのない船だ。
会う船員がどこか見たことのある面影。
言われてみれば、である。
ベポは流石にベポのまま。
信じるに値する証拠。
「あ、ぴちぴちだ」
ぴちぴちってどういう意味かな。
私の部屋があるというので連れて行ってもらってメモを残した。
ぴちぴちだって言われましたと書いておく。
それにしても今の私は部屋に住んでいるのか。
クローゼット住みはやめてしまったのかな。
「あの、休みます」
椅子に座り休憩していると船員たちがこぞって寄ってきた。
皆、お父さんにしか見えない。
「あれ、その傷」
船員の腕になかった筈の傷を見つけて指摘すると、少し照れてちょっとなと隠す。
なにか事故でもあったのかも。
心配になって脳内メモをしておいた。
ローが来て、頭を撫でてきた。
上を向くと包み込むように抱きしてられた。
うーん、やっぱり父性しか感じない。
「45のローさん、ヤバすぎる」
「出来れば20のおれも気にしろ」
クツクツ笑う。
でも、なぜ抱きしめたのだろう。
「これから色々あるからな。鼓舞の代わりだ」
なにか言う前に景色が変わる。
「リーシャ!?」
船員たちが各各に武器をこちらへ向けている。
ローも刀を持って立っている。
「あ……ただ、いま?」
「え!?じゃあ、本当に……?」
船員たちがザワつく中で、ローはつかつかやってきて医務室へ来いと腕を取られた。
それから根掘り葉掘り聞かれて、見たままに答えた。
開放されて3日後、船員の一人が巨大な魚に飲まれたと知り、未来の彼が恥ずかしそうに傷を隠した理由を知った。
「未来の貴方はとっても渋くてかっこよかった」
「今のおれは褒めてもらえないのか」
「皆にアイドル並にちやほやされてるのにまだ褒められたいの?」
皆に甘やかされてお姫様化してるんじゃないかと密かに疑った。