蓋が何故か空く案件に疑惑を持ち出したローは蓋を強固にしてしまい緩める為に日々ドカドカとぶつかる日が続く。
なかなか空かないと格闘してはローの目を盗みぜえぜえさせる。
彼は満足そうに本を読んではリーシャを鑑賞した。
お外に次はいつ行くのだろう。
楽しみにしていると彼が水槽を持ち上げるのでお出かけだとちゃぷちゃぷさせる。
「興奮するな。身体に障る」
クリオネが喜ぶ事に疑問を抱かなくて優しく言ってくれるその声音が大好きだ。
「船長、出掛けるんすか?」
「嗚呼」
船員に声を掛けられて応える。
彼らもクリオネを伴って出掛ける彼を変な目で見ない。
敬愛を抱く彼らに囲まれて良かったとしみじみ感じる。
「海岸沿いにするか」
ローの言葉に同意。
散歩をする時間は楽しい。
けれど、時々思う。
リーシャを眺めていると家族の事を思い出すのではないかと。
引き金となる悲劇を色濃く脳裏に描いているのではないかと、つい途方もない考えが浮かぶ。
それと、コラソンのことも含めて、平行して思い出してしまうのではないかと。
無駄な心配を一々感じてしまう。
また年月が経過してローが大人になった。
逞しく、かつ身内贔屓を抜いても格好良くなった気がする。
だって周りもカッコいいと騒ぐのだし、自慢に思う。
最近はリーシャがいつ死ぬか気掛かりらしく、更に持ち運ぶ時間が増えた。
自分でもそろそろ寿命が来ても可笑しくないと思っている。
ぷかぷかと浮く中、リーシャはローに抱えられて船の食堂に居た。
ドタドタと歩く足音に来たと耳を澄ませる間もなく扉が開き白熊が姿を現す。
「キャプテン!お早う!」
元気良く挨拶するのはベポという名前の二足歩行の白熊だ。
何とか族だから賢いのだと船員達と話していたのを覚えている。
ベポより先に食堂に来たらしい二人もベポに話し掛ける。
仲が良い二人だ。
「ベポ!お前ツナギ洗濯に出せよな〜」
船員のシャチ。
「船長。そろそろアレですよ」
二人目はペンギン。
「嗚呼。そういやそうだな」
ローは船医も兼ねている故に健康診断を義務付けて、月に一回行っている。
怪我を隠す人も居るだろうという事もあるが、やはり船だから一人が異常を来すとなし崩しに船内の人達にも影響が出るというのが有力だ。
「じゃあ全員集める」
船の回線を使って放送を流す。
リーシャはクリオネなので参加は出来ないのがやや残念。
彼は一旦健康診断に必要な道具を用意する為に船長室へと行く。
お留守番とならず彼らが触診されたりするのを眺めているので月一で一番暇でなくなる日だ。
見ているだけでも船員達の表情筋は豊かなので見ていて飽きない。
ぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷか。
「フフ、お前も受けたいか」
気合いを見透かされてしまう。
ええ、受けたいですとも。
放送をしてから直ぐに船員達は半裸でぞろぞろとやって来て医務室へ集合していく。
始まった見慣れた光景、捌かれていく人。
能力も使っての作業は大変。
終わったらいつも眠り込んでしまう。
最後の一人が終わり彼は怠そうに肩を手で揉んでぐるんと首を回す。
お疲れ様さまー。
「ありがとうございました」
退出した船員を見送ると彼は即座に自室へ行きベッドへ向かう。
能力を使うと疲れるのに月に一度するなんて大したものである。
ある日、情報屋の女性を部屋に案内したロー。
勿論傍にリーシャも居た。
抱き抱えられた状態でなく机に置かれている。
お陰でどこからでも視界は良好。
「で、金は用意できている」
「ふふ、あら、急いでも仕損じるだけよ?」
何の情報が欲しいのか。
ローはお酒を注ごうと視覚を外しガラスに入れようとしていた。
その時、女性が懐から刃付きの柄を握るのが見えて慌てた。
水音だけでは通じるか分からない。
緩めておいた蓋を遂に開ける時が今だと走り出そうとしている女の顔面に突撃。
ーービタ!
ぺちんと顔に直撃した途端、女は「何!?」と混乱し顔を拭おうとしている。
ローはそれに気付いた。
「!ーーチッ」
女がリーシャを遂に捉えてバシッと剥がすように手を叩きつけ地面に衝突。
その間にローの太刀の中に入ったらしく相手が崩れ落ちる。
仰向けになったままピチピチしていると彼の焦った声が聞こえた。
「何でこんなっ!しっかりしろっ」
慌ただしく水槽に戻された。
(痛くない?頑丈だよ私…………凄過ぎ)
あんなに巨人に等しい力で叩きつけられたのに、傷すらも付いていない。
やっぱり長生きするだけあって身体は頑丈なようだ。
「…………心臓に悪過ぎだ。もう次はこんな真似は止めてくれ」
久々に泣きそうな声で懇願された。
情報屋ぺちん事件の後日、ローにより更に水槽が進化して開ける方法が変更された。
飛び出し厳禁らしい。
「出るんじゃないぞ」
子供に言い聞かせる様に言う。
(猫って死ぬとき飼い主と離れるよね)
きっかけはそんな些細な出来心。
(私もローに死んだ所見せたくないかなあ)
軽くそろそろ海へ返ろうと計画し試しにまた中から離れようと思い入り口を開けようとした。
他に他意なんて無かったから少し何が起こったのか把握するのに時間をようした。
出ようとしたらいつの間にか落下していてドスンと普通は鳴らない床の軋みに疑問。
周りを見て、家具が小さく、いや適正な大きさに見えている事。
こういうの不思議の国のアリスのシナリオに似たようなのあったあった。
ピチピチしようとしたらクリオネのお手てが人型の手になっていたのに気付いた。
不思議な感覚で居ると何故か服を来ているという謎仕様にも気付く。
クリオネから人間になる時は少なくとも裸だと予想していたから驚いた。
今更人間になれるだなんてもしかして寿命だから、それか長生きしたから妖怪みたいな存在にでもなったのかも。
「どうなってんだろう…………あらま、声まで」
クリオネ時は声を出しても誰にも聞こえなかったのに。
変な感じだと立ち上がると床がびょ濡れ。
仕方ないか。
髪も濡れているがそういうものであろうと納得して水槽を片手に船をこっそり降りる。
一番長く船に居るから仕組みも死角も分かっているので彼らを出し抜くなど造作も無い。
「ちょっと散歩するだけだし」
初めて人間になれた記念。
町は栄えていたの一言に尽きるのだが、此処でお金が無い事に漸く気付き、ローのクローゼットから五百ベリー貰っておけば良かったと悔しくなる。
念願の食べ物にありつけるとわくわくしていたのに。
とぼとぼと歩いていたら前方から知った顔が見えて声を掛けられないが嬉しくなる。
「ローが近〜い」
至近距離まで目に焼き付けておこうと野次馬根性で見つめていると目が合う。
いつもは優しさが宿る瞳には今、何の熱もない。
「おい」
声を掛けられたが視線が顔より下なのに疑問を持ち、彼の眉間が寄っているのを見て何かしたのかと不安になる。
バレたわけでもあるまいし。
「その手に持っている水槽…………」
「水槽?」
手に持っている物を見ると変わらなくそこに住んでいる水槽はある。
それがなんなのだろう。
「見せろ」
「え、無理」
これを無くしたら元に戻っても這うしかなくなる。
拒否したから剣呑な顔になって奪おうと彼の手がそれに伸びるので一歩下がり回避。
何故そんなにもこだわるのだろう。
只の水槽だ。
ジリジリと追い詰めてくるので踵を返す。
待て、泥棒。
後ろからそう聞こえて泥棒認定されたのを知った。