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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
ふよふよと浮いている。
何日こんな風に漂っているのか分からないけれど無性に心地良い。
何日経った、のかな。
本当にどれだけこの蒼い海を浮いて波に身を任せていたのか判断出来ない。
あれ、自分は人間じゃないなんて可笑しいな。
あれ?あれれ?
人間だと思うのが可笑しいのだろうか。
自分は哺乳類なのか微生物なのかも分からない。
多分、人間のように外で息が出来る生き物ではないと思う。
海の生き物であるのかもしれない。
悩んでいると不意に心地良さと切り離される。
ザババと音を立てて視界がクリアになると青い空がお目見えした。
しかし、ユラユラと揺れる。
あまりに揺れ過ぎて吐き気がするのでそこでもあれれー?と疑問に思う。
海の生き物は吐き気なんて感じない筈。
そもそも脳もミクロンレベルの筈で。
そんな余計な思考なんてある訳ない。
リーシャは……あれ?誰それ?
名前という物なのだ。
多分、名前というものは個人を特定するものという言葉が記憶にある。
記憶というものが何故か下級の生物にあるのかもしれない。
そんな大層なものがあるとは思えないのに、それを不思議と納得。
そんな事を考えている間に上へ上がっていくのを体感する。
またまた更にグラグラと揺れた。
うっぷ……。
やはり気のせいでない気持ち悪さが胸を焼く。
何を馬鹿な事を言っているのだ、胸等無いに等しいのに。
笑いそうになってやはり違和感としっくりくる感情に驚く。
どうやら知能がずっとあるようで物事もしっかり把握して、出来るらしい。
どうして自分はこんな前世にも過去にも全く関係の無い姿になってしまっているのか意味も全く分からない。
パタパタと暴れるのもやぶさかではないし、目の前に居る魚が今にも食べてしまいそうになる。
リーシャは口の中に入らないように気張ってみよう。
というか、こんなに口が大きい生物と相席させないで欲しい。
相手の顔を拝んでやろうではないか。
危機感も多いが好奇心もそれを凌ぐ。
実はワクワクしているのは内なる秘密だ。
人間が動物か分からないが何かに遭遇出来るかもしれない事に顔の筋肉が緩む。
早く会いたい。
生命体ならば知的な物がやっぱり来て欲しい。

「おー、大量大量」

「魚こんなに居たんだな」

「ん?何か………」

「どった?」

「あ!やっぱなんか透明なんが居る」

「何だ?」

「これ………んー、クリオネ?っぽい」

「ノースブルークリオネ?って名前だったっけか、確か」

(私がクリオネ?)

クリオネとはあのふよふよとしていてパタパタと動いているあの見た物を惹きつける可愛さを持つ生き物の事であろう。
にわかに信じられないが色々持っている情報を照らし合わせると合致する。
輪郭がぼんやりしていて誰も彼もが同じに見えてしまう。
もしかして三つ子とか四つ子なのかもしれない。
それならそれで楽しそうだ。
顔が同じならば名前を覚えるのが大変かもしれないが。
ノースほにゃららクリオネなんて種類聞いた事もなかったが言われた事もなかった。
そのほにゃらら何とかの自分は間違って捕まってしまったのだが、どうやら多分間違いであるらしい。
なのであれば此処でリリースしてくれないかと祈っていると彼等が声を上げて「船長ー」と言うので首を傾げる。
傾げる首もないのに傾げられる何てびっくりだ。
体感でいうと三十秒くらいでやってきた新たな人間。

「珍しいもんが紛れ込んでんな」

船長と呼ばれた人はなにか帽子を被っている。
この船が漁船と呼ばれているのだと知るのは目がぼんやりしなくなり、はっきり見えてきてから三日後だ。
どうやら彼等の話しから商品にされるらしい。
確かにクリオネならば北極か、寒い地域のペットとして有名だしなあ。
此処は冬の海らしいだけど寒くない。
寒中水泳を想像していたから違和感が凄い。
船員達の話しを聞いて纏めると【白い町】フレバンスという所へ寄るらしい。
クレヨンみたいな名前だ。
そこでこのクリオネを売っ払おう、らしい。
この私を売ろうとするなんて度胸のある人間達だなとキメ顔をするが悲しきかな、クリオネなので見た目は何も変化していないので無駄な事。
クリオネを食べられてはいけないと魚達とは違うカゴに無造作に入れられる。
漁船なんてそんな扱いで進んでいてやがてクレバスに着いたと船の乗組員達が嬉しそうに言っていた。
陸地に降りるのがそれ程楽しみなのだなと他人事に感じ、只リーシャはふよふよプカプカ遊泳していた。
リーシャの今は海が故郷なので陸が恋しい気持ちはあまり無い。
強いて言えば何か人間が食べるものは食べてはみたいが。
ポテトフライとかスナックとか。
それらが食べたいなと強く願っても誰もこの声を聞き届けられない。
あーあ、恋しい。
誰か水槽に間違えて落とさないかなあ。
ポトっとね。
それか餌やりと称して誰かくれないか。
うん、諦めよう。
諦めが肝心というのがリーシャの座右の銘である。
そう、この小さな生物になったのも既に諦め受け入れている心境だ。
誰に買われるんだろうか、もし良かったら海に放たれて、いや、食事に飢えるくらいなら飼われて育ちたい。
リーシャは怠慢と呼ばれる性格だった。
別にこの姿なら疲れないし、何より世話をしてもらえる。
クリオネに対価をもらおうなんて考える人も居ないし、何かを期待されるのもない。
即ち楽チンな身分を無意識に手に入れてしまったのは寧ろ幸運と言っても良いかもしれないと思っている。
ふよふよふよふよと浮いていると遂にどこかの島へ着いたと皆は浮足立っていた。
危うくクリオネの存在を忘れて降りかけていたのはご愛嬌として許してあげよう。
ふよっと一回ばたつかせてから景色を見回す。
ふむ、良い島に着いたらしい。
景色、空気、人の活気具合、笑顔、うん、まあ、80点くらいは評価してみる。
リーシャは周りをひたすら見回して田舎者丸出しの様子だが、自分はクリオネなので、只生物が泳いでいるという認識しかされない。
魚が興奮するように泳いでいても意に返さないのと一緒だ。
ふよー、と泳いで周りに対して観光している間に船員に水槽を抱かれて何処かへ向かうようだ。
あと、昨日から船員の一人が風邪を引いたというので恐らく病院なのではないかと推測。
まあ売りに行くよりも大切で重要な事なので当然だろう。
病院のマークが書かれている建物が見えた。
おお、初めて見る病院だ。
白い、町も白いがこの病院も白い。
全てが白に統一されている町、フレバンスにある大病院。
医院長、病院の偉いさんが何故か現れた。
お話しを聞いてみるとどうやらクリオネに興味を持ったらしい。
意中の女性に喜んで貰いたくて購入したのだと知ったのはそれから三日後。
船員達とは別々の離れ離れになってしまったが、特に寂しいだとかは感じなかった。
きっと諦めは肝心というのが発動したのと、心機一転をクルっと変えたのが要因であろう。
それにしても、クリオネを譲渡した相手の女性がなんとういうか、頭の中がぽやぽやとしている女性で驚いた。
男性の方は穏やかな人柄なのでまあお似合いだとは思う。
男性の容姿や肩書を説明すると彼は取り敢えず目立った容姿をしている訳ではないが、メガネを掛けている、以上。
え、他にないのかって……?
嗚呼、そういえば肩書は医者で医療の腕は良いと世間からの評判だ。
そして、女性はやはりぽやぽやしている。
けれど、男性と同じく医者をしている。
そこも似た者同士という訳で、二人共通しているのがぽやぽやしているというか、考え方がまさに借金の保証人をしてしまう、そんなお人好しな人達だ。
そんな人達には突っ込みどころが多いが、声が聞こえる訳ではないのは解っているが、やはり突っ込みたい。
はぁ、疲れる。
誰か煮干しをくれい。
ムシャムシャしたい、ストレスで吐きそう。
その二人はわざわざ物言わぬクリオネに対しても自己紹介をしてくれたのだが、何か変な伏せ字のように言葉が聞き取れない、しかも、何故か男性の苗字だけしか聞き取れないという怪奇を体験した。

「トラファルガー・ーーーー」

という感じで辛うじて聞き取れた。
女性の方は名前も苗字も聞き取れなかったのでお手上げである。
トラファルガーという苗字しか分からないのでシンプルな呼び名として男と女と決めて勝手に呼んでいた。
しかし、彼等が結婚して子供を産んだのでその呼び名も改めた。
お腹がぽっこりなっている時なのでまぁ記念としてパパさん(以下パパ)、ママさん(以下ママ)と呼ぶ。
生まれた子は男の子で、何と名前が分かってしまった。
子供の名前は「トラファルガー・ロー」。
忌み名がどうたらこうたらと言っていたが知らなくても別に困らないと判断してのんびり腰を据えていた。
子供の名前なら分かるのかな。
そうしてのんびり過ごしていると又もや子供が生まれた。
二人目おめでとさんと声をかけておいて彼女の顔と名前を教えてもらう。
名前は妹、長女の「ラミ」という子。
凄く可愛く思えるのは女の子であるからか。
でも、男の子も可愛いとは思うよ。
すくすく育つ子達を見ている中で、ふとクリオネである自分は随分長生きなのではないのかと可笑しくも、怠慢で過ごせるのなら別に気にしないで生きていこう。
ローとレミは兄弟喧嘩なんて事をせずに仲良く二人のお人好し夫婦の中で良い子に育っていった。
良くここまで真っ直ぐ育ったと感心してしまう。
ローは特に親の職業の医師を目指しているようで医学書をもう読み始めている。
言葉ももうすっかり達者でリーシャにも餌をやりだして、その度に嬉しそうにしているので食べるのが捗るのであった。
食べがいがあるといえばそうだ。
ぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷか。
浮いていれば、観賞用としていればご飯が食べられるしと何というか、まるでお金持ちの夢心地だ。
浮いて食べて浮いて飼い主を鑑賞。
お気軽な身分だ。
のびのびとしている。
うーん、気持ち良いなあ、と伸びをするとフヨー、と遊泳。
ローも定期的に見に来てくれるし、視界には事欠かない。
しかも、話しかけてくれるという出血大出血!
いやあ、クリオネなのに悪いねぇ。
でも、嬉しい事は確かだ。
うむ、今日も良い男に育ちつつある。
とは言っても十歳未満なのだが。
それでも将来的に優秀な医者になるのと、良い心を持つ人間になるのは確定なのだ。
今日も一日のんびりと過ごす。
ローがやってきてクリオネ用のボール状の水槽を持ち上げてきた。
すると、テーブルにある違う容器に移し替えられる。
コツンと当たると素材が柔らかい物と知る。

「出掛けるぞ」

シリコンなのかもと予想を立てていると揺れる。
球内にギリギリ入れてくれているので快適だ。
ご飯もきっちり入れてくれていて良い飼い主だ。
それにしても、この島に住んでから身体がピリピリする。
どうしてか分からない。
何かが少しずつ蝕んできているかのように痒くて首を傾げる。
クリオネが風邪とか笑える。

「ロー!カエルじゃなくて今度はクリオネか!?」

呼ばれて見てみるとローと同じくらいの子どもが居た。
ローと呼ばれた子と同じ服を来ていて彼は返事を返す。

「家族だ。昔から居る」

家族という言葉に嬉しさでふよふよが増す。
ええ子やええ子や。

「へー!」

興味津々で水槽を覗く子にローは遠ざける。
只の散歩がてらなのだと説明して子供の関心を遠ざける手並みは良い。
さぞや聡明な大人になるのに期待が胸をじんわりこだまさせる。
いい男になるなー。

「やっと行ったか」

取られまいと思っているのか友達の後ろ姿がみえなくなるまで見つめ、こちらを向くと帰ろうと話し掛けられ頷いた。
頷いただなんて分かりっこないけど。