単に噂なので、あくまで憶測の域なのだろう。
この船にも女船員が居る。
それでも彼女が降ろされたと聞いたとき、ふと、魔が差したという訳ではないが、降りようかな、と思った。
永久的に降りるという意味での下船。
そもそもクリオネがメインという意外特にこれといった特徴もなく、お気楽道楽旅のような感覚だった。
人間に慣れたのなら、特にこれといってこの船に居る意味がないように見える。
ローは旅を続けるし、仲間も居るし、リーシャが居なくなってもペットが居なくなった程度でそんなに騒がれる事もないかもしれない。
ローはもう平気なんじゃないかとリーシャは確信を持ち、こくっと一人であるが頷く。
このまま一歩、歩けば良いのだ。
町に行ってのんびりいけば良い。
ビビっと来たのならそれは運命、である。
――ドンッ
「わひゃっ」
考えながら歩いていたからか、ぶつかってしまう。
手に求人の紙を持っていたし、前が良く見えてなかったかも。
反省しながら前を向いて謝る。
「いや?気にしてない」
声が知ったものだったので緊張で肩が震えた。
この二足歩行生物はーーベポだ。
失敗した、と苦い思いで相手を窺う。
「キャプテン、この子求人紙持ってる」
ドキッと嫌な予感の音がする。
振り向くことはせずとも、誰かなど知っているから。
キャプテンとか、一人しか居ないし。
「求人?」
テノールの声音にバレないと分かっていても心臓が鳴る。
バックバクだ。
「あの、失礼、します」
これ以上、ここにいても何にも起きないと感じ、フッと数名の人達の横を通る。
「おい」
――ビクッ
平常心を唱えながら過ぎようとしたのに、反射的にありありと反応してしまう。
ローの声だから特別だ。
ずっと聞いてきたのだもの。
「お前、おれの船に乗れ」
男は、女に決してバレぬように普通を装い誘い文句、否、拒否権をなくす形で申し込んできた。
嗚呼、やっぱりローの声には応えてあげないと、と思ってしまう。
「その前に、お前の名前はなんて言うんだ」
女は男の心の中を知らぬまま、抗う気も起きず、緊張に乾いた唇を開いた。
「わ、私は――」
人間をやるのも、悪くない。