ローが起きたのは更に一時間後に起きて夕飯に行った。
今回は部屋に置いていかれたので変化していきいつもの船員バージョンになって部屋を出る。
「ちょっと、あんた」
「!、誰!?」
何となく嫌な予感のする呼び声。
振り返ると例の密航者が居た。
驚いたが声を出すまいと我慢して相手の出方に備える。
何故船員の服を着ているのに話しかけてきたのだろうか。
警戒しながら聞く態勢でいると女は口元を歪めてこちらを指さしてきた。
こらこら、人に指を向けちゃいけませんって習わなかったのだろうか。
全く、会ったときから不遜な子だとは感じていたが、尚質が悪い。
これは話しても言葉が通じないタイプかも。
「ねぇあんた。私にご飯持ってきなさい」
(うわ、クソムカつく。もう話しかけられたくない)
一言一言一々勘に障る。
腕を組んで威圧感を発して男の姿をしているのでたっぷり圧は感じられる筈。
(ふん。小娘が密航者の癖に良くこんな態度が取られたものだよなあ)
リーシャは確実に女よりも年上だ。
見た目は若いけれど精神年齢は上。
ローよりもちょろっと低い程度の認識があるものの、本当の年齢は知らない。
「ふふ。そんな事をしても無駄。だって私と一緒の女って事、知ってるわよ?ふふふ」
愉快だって顔をして不快感が纏わりつく。
そんな事で鬼の首を取った様な優越感が伝わってくる。
それが何なのだろうと思った。
もしローに女だとバレてもクリオネとバレても自分は彼の前から消えるだけ。
「何が目的だ」
あくまで男のフリをして相手の女の真意を聞き出す。
ローに関与する事だろうから。
だから、今のところは従っている、従うフリをするだけ。
少女か女性かは知らないがこちらを指さして我が儘姫みたいな顔や態度。
「ふん、もっと早くに知れれば良かったのに。只ご飯持ってきて欲しいだけ。まあその後の私の行動もあるから手伝ってもらうけどねー」
「ご飯、だな。待ってろ」
「はーあ、別に知ってるから暑苦しい言葉なんてしなくていーのに」
(脅してる癖に何様だよってね)
明らかに劣勢なのは女だ。
リーシャはあくまでもこの船に不利益を出す気はないのでいざ女がローの首や貞操を狙うのなら身を挺してまで守る。
今は従っておけばいざという時にどうとでも動けよう。
そのつもりでご飯を用意する為に食堂へ行く。
恐らくコックが居るかもしれない。
もし居なくても抵当に冷蔵庫を漁れば良いか。
うーんと伸びをしてキッチンに向かうとコックは居なくて代わりにローが居て心臓がドクッと跳ねる。
居るとは思わなくて動揺を隠して薄く首を動かし「こんばんわ」をそれだけで済ませる。
下手に喋ると声帯でバレる危険性を減らす為だ。
彼はこちらを見たまま無表情でジッと凝視している。
汗が流れそうになるこめかみを気力で抑えて材料を探す為に冷蔵庫へ向かいゴソゴソとした。
(み、見てるー)
男の視線を受けながら材料をまな板に置き慣れないながらもせっせと切りコンロを使い鍋に材料を入れて炒める。
何を見ているのか、鍋を見ているのか料理風景を見ているのか。
何をしにきたのかは知らないが用はもう無さ気。
もしかしてお腹が空いたとかそんな理由で居座っているとか。
色々考えている間に炒め終えてお皿に盛りつける。
相手はあの女なので適当に作った。
文句を言ってきたらこれしか作れないと言えば良い。
相手だけが有利でないのだ。
内心ほくそ笑んだら皿を持って扉へ向かう。
しかし、その時になって何故かローに声を掛けられた。
「自分で食うのか」
「は、はい」
小さく呟く様に答えて振り向くが下へ俯く。
ローを見ないようにしているといつもは一つ質問すると解放してくれるのに今に限って二個目を投下される。
「おれのどこが良くて船に乗った」
(え!?そんな初期に聞かれるだろう事聞くの!?ど、どうして今?しかもローが聞きそうにない事だし………)
しかも今というのが更に謎だ。
何気に人間になって半年になる。
その間に見られているし少人数とは言え何十人もの中で聞くその意図が分からない。
(まさか、あの女との会話聞いてたとか?)
ローなら出来そうだが、果たして質問と関係無さそうな内容に違うだろうなと思考を深くさせた。
取り敢えず今は質問に答えるべきだろうと拙いが言う。
乗ったと言うより乗せられたのだけれど。
「そう、ですね。全てが良くて、愛しみを抱いたから、です」
「愛しみ?」
「全て、貴方の全てを見届けたいから」
あまり長々と話しても良いことは無い。
会話を切り上げて逃げるように扉を開こうとしたら刺青の入った手が扉をやんわりと押して開けられない事に気付く。
(え!な、なに?)
今までになかった行動に戸惑う。
見上げるのも無理なので無言を通して待っていると彼はあろうことか顔を上げさせる様に顎を浅黒い指先に掛けてきた。
緊急事態発生。
(頭突きしか最早っ)
悪手しか浮かばず歯を噛みしめていると目に射抜かれる。
黄色い系統の茶目。
「そんなに想われて悪い気はしねェ」
「せ、船長ってまさか、男色?」
思ってもみなかった事実にショックを受けながら言えばローの目は最大に見開かれて信じられないと口はへの字。
「もう一回言ってみろ」
「す、すみません」
「以後気を付けとけ」
そこまで怒ることなのだろうか。
そう言えるような行動をしたのにどこか矛盾する。
「まァ、いい」
許したのに未だ手を顔に押し付けている。
輪郭をなぞる仕草をやってのけて、先程の言葉をやはり再度投げ掛けたくなるが我慢。
フッと耳に口を寄せたローが囁く。
「こんな事をしているのはお前だからだ。覚えておけ」