ローが鬼神の如き発言をしてから数秒、漸く女は己の立場を理解したのか震えて言い訳を述べ出した。
ハートの海賊団の船に乗せてほしいからあんな事を言ったのだ、と説明するがローからすれば気持ち悪いことには変わりない。
相変わらずの底冷えする眼孔を光らせて女を只見ている。
それでも女は度胸があるのか命知らずなのか、判断は出来ないが乗船させてくれと図々しく頼んできた。
得体の知れないローの詳しいプロフィールを知っているのというだけで怪しさを上回っているし、何より、彼は恐らくドフラミンゴの垢が付いた付近の存在ではないかと警戒している。
リーシャもそう思う程だ。
あまりにも間抜け過ぎる気もするが、ドフラミンゴの部下や船員達はどれも先鋭であるのでスパイでの潜り込みは簡単なのだと思っている。
それでも気になるのはやはり、自分の存在だろうか。
ドフラミンゴでさえもクリオネをローが懇親的に世話をしているのを知っていた。
それに関して何ら情報を持っていない事だ。
頭が可笑しいのか、と色々推測してローの判断を船員達が聞いているのを女は顔を白くせて聞く。
海賊船に勢い良く乗ってきた割にはもう勢いをを失っている。
この船には女の船員が居るがあまり外に出ないので、そこも気になる。
女から女性の船員の話しもなかったのだ。
船員の数を把握していない上に情報は出回っていたり過去の事ばかり。
不審な部分を覗いても中途半端にしか思えない。
「つまみ出せ」
「待って!私何でも知ってるわ!」
女の発言にローは怪訝そうにして復唱する。
「何でも、ね」
知らないだろうがと副音が聞こえてきそうだ。
確かにローの過去を言い当てたかもしれないがドフラミンゴの部下なら知っていても可笑しくない。
それを前提にして女を尋問した上で出せと指示しているローの意志はその言葉程度では揺るがないだろう。
「これから起こる未来だって当ててみせるわ!」
「勝手に未来でも何でも当ててろ。聞き飽きた」
魅力的には聞こえなかった彼は船から出される女を見る事無く、部屋へ帰った。
いつもの散歩に癒されなかったからか深く溜め息を吐いてベッドに身体を沈み込ませる。
ゴム製の丸い水槽を寝ころびつつゆるゆると指先で撫でられて相当堪えているなと感じた。
コラソンとの記憶を思い出し、当時の事を考えているのだろう。
整った顔が悲痛に歪んでいる。
悩める青年とはこのことだ。
ローを慰める為にチャプチャプと跳ねる。
「っ」
途端に、またあの過敏に反応し蓋が開いていないか確かめる前に蓋をキツく閉めに掛かる。
疑問だらけなのだがご飯が貰えるので別に気にならない。
しかし、この行動は少し傷付くよ。
そんなに出したくないのだろうかと思う。
ローはこんなに束縛したがりではなかったのだが。
もう歳だ、いつ死んでも可笑しくないから失意の念を抱いているのかもしれない。
でも、今や旅の仲間を得ているし、もう寂しい思いはしないだろうに。
リーシャに括る必要はないのだ。
こんなクリオネなんかに何年も捧げる事はこれからしなくても平穏は得られる筈。
いや、ローでなく己がどこかへ消えれば解決するのだろう。
我が身が可愛くて離れられないのは自分だ。
自覚など遠の昔にある。
「はーっ。開いてねーな。よし」
一頻り確かめた彼は安堵の溜息を吐き出した。
それからローは溺れるように眠りあの女性の事は一切頭の中に無かった。
リーシャももう関係ない事だと安心してプカプカとする。
しかし、一つの音がローの安眠を妨げる事になった。
船員が慌ててやってきたのだ。
どうしたと冷静に聞こうとするローに船員はあの女が出航前に侵入した可能性があるという。
彼は苦い顔でそんなに死にたいのかと唸る。
(度胸が有りすぎて寧ろ死にたがりにしか思えない)
あんなにローが嫌な顔で追い払っていたというのに、もしや彼女は本気でローが嫌っていたと察せないようなポジティブっ子なのではないか。
疑惑を感じて耳を傾ければローは刀を抜いて船を練り歩く。
「殺してやる。絶対ェ」
こめかみを引く付かせて歩いているローに船員達もローを困らせるなんて許せないと捜索し始める。
ローのために動いてくれる船員にエールを送った。
「おー、船長のペットさんも応援してる」
「ペットじゃねェ。所有物だ」
ローが訂正を入れるがペットと何の違いがあるというのか。
それから船の中を探したが見つけられる事は無かった。
本当に侵入したのか不確かになりつつある。
(皆が探さない所に居るのかな)
考えてみるが思い付かない。
「はァ、眠い」
「キャプテン、おれ達に任せて寝てきなよ」
ベポが気を利かせて勧める。
しかし、ローは首を横に振って密航者を見つける為に動く。
(女子トイレに女子更衣室)
男には入りにくい所に居そうだ。
既に女船員により捜索されているが移動しているかもしれない。
それをローも思っているのか女船員に定期的に見るように言っていた。
抜かりはないが、何故か見つからない。
いつまでも居続けられるとは思えないのに何故そんなハイリスクな真似をしたのだろうか。
心底理解出来ない。
再び部屋に戻ったローはベッドに迎い入れられる。
船長特権でフカフカのベッドを独占出来るのが羨ましい。
「はァ、今日は何なんだ。異性の難の相でも出てんのか」
心底疲れた顔で溜息を付いている。
「癒してくれ」
(クリオネさんが癒してあげるよー)
ペットの最大の役目をやってあげよう。
フワフワと水の中で泳ぐ。
そしてパシャンと跳ねる。
プチショーをやってローを楽しんでもらう。
可愛い可愛いローにはもっと笑って欲しい。
その役目は船員達にやってもらう。
リーシャはローの前で人の言葉で話せないし。
そうして二時間程相手は仮眠を取る。
(寝てる。それにしてもあの女、どこ行ったんだろう?)
ローを混乱させるだけさせて挙げ句押し掛け入るなと言ったのに勝手宜しく船を総員させて隠れている。
こうなったらリーシャも変身して探すのもやぶさかではない。
彼が完全に寝入ってしまう夜中が良い。
今姿を変えるには相手が起きてしまう。
(ん、足音?まさか、あの、女っ?)
ドキドキして待っているとコンコンと扉が叩かれる音がして息を潜める。
扉越しに声が聞こえてきて船員達のものだと知って肩の力が抜けると聞き耳を立てた。
「船長、寝てるんか?」
察した相手はあっさり居なくなる。
ローに関しては寝起きが割と良くないので起こすのはマズいというのが広く認知されていた。