嫌だと言うのなら理由を五文字以内で答えて。
なんて事を言ったら彼は真面目に「おれも」と三文字で答えた。
文字数を制限したら意味が分からなくなると知ったので長い説明を求む。
「おれもお前の真面目な恋を近くで見ていたい」
「トラファルガーくんが?トラファルガーくんがだよね?」
「何故二回言った」
呆れて言うローには何度だって言ってやる。
入学してから今まで何人の彼女達と付き合ったのか考えてほしい。
うん、君には到底無理な話しだ。
言いたい事が目で分かったのか彼は気まずげに目を逸らすと重い口を開いた。
「おれにも事情ってもんがあんだよ」
「浮気は男の定義みたいな?」
偏見だろ、とジト目で言うローに目を逸らすのは愛嬌です。
「で?詳しくは何するんだ」
「何も」
「はあ?」
そんな凄まんでも。
「だって学校に通う年齢の子と付き合っても大抵は殆ど付き合うのがステータスだから。そんな本気でもなく学生のうちに付き合っていた証拠が欲しいだけの子達に付き合ってる暇なんてないもん」
リーシャのギャル友だって彼氏が居るけど、ただ居る事に意味がある存在だと公言している。
学生から付き合った子が将来何人結婚するかと予想してみれば誰だって答えに詰まる。
ローと付き合ったのもどうせ別れるので、お付き合い体験をしたようなもの。
ローだって別れては付き合いを一年以上繰り返している。
「………んなのまだ実感なんて湧かねーよ」
「これだから青い子は」
「何だ?」
「え?独り言」
高校生に学生の心理を説明しても理解出来ないのは当然だ。
「そういやトラファルガーくんっていつもおにぎりなの?」
聞くと頷くのでお弁当のミートボールをお箸で摘まんで差し出す。
「上げる。手、出して」
「おれの手がベトベトになるだろ」
「え、別に気にしないでしょ。男なら素手で食べてこそ」
「凄い理不尽な決め付けを押し付けられてるような」
手を出さないので痺れを切らしてお弁当箱の蓋に乗せる。
割り箸に付属している爪楊枝(つまようじ)を取り出して渡した。
割り箸のストックを持ち歩くのを習慣にしといて良かった。
怖ず怖ずと爪楊枝をミートボールへ刺して食べるローを横目にふと湧いた疑問を問う。
「あれ、トラファルガーくんって彼女とお弁当一緒に食べるタイプだったっけ?」
また肩を震わせたローに図星だと感じた。
「たまたまだ」
またこの言葉を引用するとは。
どうやら前世の記憶が戻って地味子になったリーシャが気になって来てみた、と推理してみる。
強ち合っているかもしれない。
クラスメイトだって気になっているのだから、ローも気になって探りに来たのかもしれないと、可愛いところもあるのだと笑う。
「ふーん?」
「何笑ってる」
「ただ笑ってるだけだけど」
単調な回答にローは不服そうな顔でおにぎりを頬張った。
夏休み前にテストがある。
それを知ったのは二日前だ。
お弁当を何となく一緒に取っている間に話題がそうなった。
誰にもノートを貸してもらえる宛てがないと半ば独り言を呟いたらローがノートを貸してくれると言ってくれたので、飛び付かないわけがない。
『トラファルガーくんって真面目に授業受ける側の人間だったんだ?……ギャップ萌えをもしかして狙ってる?』
『張っ倒すぞ』
という言葉を頂戴しながらもノートが得られた。
ちゃんと返すね、と付け加えて帰ろうとすれば女の子が教室へやってきてローを指名する。
因みに此処はローの居る教室だ。
「後釜候補の子だねきっと」
リーシャが別れたら次は私を……という暗黙の了解のシステムの一つだ。
溜息を吐いて面倒そうに目を吊り上げたローは教室の外で待つ生徒の所へ行き、少し言葉を交わしてからこちらへ戻ってきた。
てっきりそのまま何処かへ行ってしまうと思っていたので歩き出そうとしていたのだが、声をかけてきそうな雰囲気に止まる。
次に教室の扉を見ると女の子は居なくなっていた。
「?」
「帰るぞ」
「え?あ、うん」
女の子の告白は何処へ行ったのかと思ったが、ローが前に言った「俺もお前の本気の恋を見たい」と言う言葉を思い出して言うのを止めた。
そう言えば何の事情があってこんな爛れた恋愛をしているのか未だ聞いていない。
テクテクと共に通路を歩いていると何となく無言になる。
やはり話題を作ろう。
「トラファルガーくんが普通の恋愛出来ない事情って何?」
「やっぱ気になるか?」
「とーぜん。別に言いたくないなら黙秘を行使しても構わないけど」
「いや……お前になら話してもいいかと考えていたところだ」
思わぬ発言に目をまん丸くする。
「うっそ……そんな数週間もしないのに信用するなんて……ちょっと、警戒心どこかに置いてきた?」
「何だよ警戒心って………」
「え、いやあ………この世界にそういった危機感を研ぎ澄ませる事態なんて………そういやないな」
「は?」
ローが何言ってんだこいつ、という視線を寄越したので誤魔化す様に言う。
「平和な時代に生まれてきたって事だよー?」
「兎に角、話してもいいと思えた。おれは特殊な家に居る」
リーシャの誤魔化しを無視してしゃべり出したローに聞き入る。
「居る?なんか変な言い方だね」
普通は生まれたという言い回しをするんじゃないか。
リーシャの疑問は苦いものを入れたような、苦渋の表情を浮かべるローにより察する。
「おれは育ての親が今の親だ」
「え?意地悪されてんの?まさかの家庭問題抱えてんの?」
「いや……」
言いたくないとオーラを発しているローは観念したらしい。
「溺愛されてる。鬱陶しい程に……な」
「へえ?良かったね?でいいのかな」
「おれ的には良くないな」
辟易とした声で呟くローに一体どんな親なんだと邪推してしまう。
「反抗期って事なんだね、トラファルガーくん」
「な!……お前までドフィと同じ事言いやがって!」
「え!そんな怒らないでも………ん?ドフィ?」
その呼び方を何処かで聞いたような。
古い記憶の引き出しに隙間が入る。
その隙間から「フッフッフ!」という高笑いに似た声が聞こえたような。
「おい、メイス?」
苗字を呼ばれて意識が戻される。
ん?と声に答えると心配そうな顔で見てくるローに慌てて笑みを浮かべた。
「心配してくれたんだ?トラファルガーくん案外可愛いとこあるんだね」
そう言ったら怒ったローに内心安堵した。
開けたらきっとローとはもう会わないように離れたかもしれない。
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