ガラスの靴は脱いだのよ | ナノ
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それはもう痛快な程タイミングが絶妙だった。
バシーン!とマンガの背景にあっても可笑しくない程豪快にボールがリーシャの頭に直撃したのだ。
脳震盪(のうしんとう)を起こしたのか脳がグラグラと揺れる。
隣に居るであろう人物の顔は見られなかったが、サッカー部員の生徒のヤバい、という顔は見えた。
こんなにストレートにボールって当たるもんなんだ、と視界がブレて真っ暗になった。
そして、夢心地の中で走馬燈(そうまとう)を見た。
生まれてからは流石に覚えていないが、前世の一生を早送りで見た。
とても波乱万丈な人生だったらしい。
そして、起きたらしようと決めた事がある。

−−パチッ

「やっと起きたか」

目の前で面倒そうに言う男子生徒。
その前に、

「顔洗わなきゃ」

「は?」

三日前に告白してお付き合いし出した一応彼氏のトラファルガー・ローは素っ頓狂な声を出した。
そんな事には構う事なく手近にあった学校指定の鞄を掴む。

「あ、そだ」

「………??」

いきなり起きて鞄を掴む慌ただしさに目を白黒させているローの方を向く。

「此処まで運んでくれて?ありがとうございました」

運んでくれたのかは分からないが、目が覚めるまで待っていてくれた誠実さは本物だ。
例え、お遊びで付き合っていたのだとしても。

「お前………敬語………!?」

何故ここまで彼が驚いているのか。
何故リーシャが顔を洗いたいと切に思っているのか。
それは自分が今世にて『ギャル系』というメイクをしている高校生だからだ。
ここで重要なのはそんな些細な事ではない。
早くメイクを落としてズボンを履く事が今の正義だ。

「それじゃあ、先に帰らせていただきます」

今世で使ったことのほぼない敬語を巧みに使用しながら帰宅の道を急いだ。
途中、ビクビクしながら「もう平気なのか」「さっきはごめんなさい」と謝ってくる平均的な男子生徒達に首を振り、苦笑しながら「平気、わざとじゃないの分かってるから。もう気にしないで」と出来るだけ優しく言う。
すると、どの子も信じられないものを見た様な目でこちらを見てくる。
申し訳ないが、今は話している余裕等ないのだ。
断りを入れて校門へ向かい足早に家へと急ぐ。
ここから十分以内の場所なので走ればそれなりに早く着く。

(今世の私、脚力弱い!)

もう息が切れている。
こんな事じゃ勝てるものにも勝てない。

「そっか、もう何もする必要ないのか………面白味のない世界に生まれちゃったなあ」

目標も何も得られない世界。
昔は、前世は血肉が騒ぐ世界に居たせいか、どうしても比べてしまう。
兎に角、洗顔をして寝て、明日になったらもう一度学校に行ってローに別れてもらおう。
ローと付き合うと一種のステータスになるのは女子の間では当然だった。
周りはそれを承知で彼と付き合う。
彼も彼で分かっていて付き合うし、楽しんでいる節があるのも知っている。
中身のない関係を好きにやっているんだから、それはもう暗黙の了解だ。
でも、自分はまだ白い。
つまり、まだ聖女なのだ!
それを一時の葉っぱをかけられただけで失うなんて真っ平ごめんだ。
リーシャの前に付き合っていた子が別れて女子の間では次は自分だと言われて、今世の自分は呑気に「分かった」と鵜呑みにしてしまった。
全くお恥ずかしい限りだ。
でも、そんな言葉にはもう惑わされない。
これからイメチェンして未来の旦那様を捕まえるのだ!

(前世でも捕まえられたんだから今世だって!)

意気揚々と思考に浸っていると我が家の屋根が見えてきた。

(よし!いざ洗面所へ!)

鍵を取り出して、慣れた手付きで扉を開けて靴を脱ぎ一階にある洗面所へひた走る。
バタバタと音を立てながら鏡とご対面。

(おーおー流石私。メイクにも抜かりない。洗顔洗顔っとー)

褒めたのはメイクをしていた事が駄目だと思いたくないからだ。
今から自分は生まれ変わるのだから。
卵のようにツルツルな若い肌を実感しながら顔を洗っていくと、見覚えのある顔が現れた。

「久しぶり、私」

それは、まんま前世の自分の顔と何ら違いはなかった。


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