ガラスの靴は脱いだのよ | ナノ
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前に文化祭の映画のエピソードを語ったことを皆様は覚えているだろうか。
文化祭は十月にある。
夏休み明けしたばかりの学校はまだ夏のだらけさと休みで鈍った学生達で溢れている。
そんな時に場を引き締めて歓喜させる事が起こった。
所謂季節はずれの転校生だ。
彼女は『テンドウ サラサ』と黒板に書かれた後に自己紹介をする。

「初めまして。こちらにきたばかりで緊張してます」

宜しくお願いします、と鈴が転がるような声で言う。
鈴ってどんな声だと突っ込まないでくれ、兎に角可愛い声という感じだ。

「席は………あそこだ」

席の関係上一番後ろの端となるのは仕方がない。

「はい」

優等生らしい返事に周りは好感度を上げていく。

「宜しくね」

隣に座って声を掛けるのが静かな教室に響く。
彼女はローでもリーシャでもない子の隣になった。
そんなベタなお約束はいらないし変な空気等必要ない。

「じゃあホームルーム始めるぞー」

担任が声をかけてまた一日が始まる。

(眠い………)

久々の授業はやはり鈍る頭には刺激が強いらしい。
今世の自分は特に勉強が好きではなかったからその部分も影響しているのだろう。
何気なくローの方へ、前方斜めをぼんやりと見てみると眼が合う。
どうやらこっちを見ていたらしくスッと眼が相手から逸らされる。
肩をゆるりと動かして凝りを解すとカッカッ、というチョークの音を耳で捉えて疎かにならない程度に指を動かしてノートに書き詰めていく。
楽しくはないけれど、新しい事を知っていく事がとても新鮮には感じる。
まぁ、黒板に書かれたものを写す行為を楽しいと思えるのは過ぎたという感じだ。
やがてチャイムが鳴る前に先生が終わりを告げる。
そんな折、チャイムが鳴ると同時に転校生の周りに人が集まっていく。
そこそこの近さで、尚且つ教室に沢山の声が一つの席に集まれば耳を澄まさなくても聞こえてくる。
生徒達は好奇心を抑えきれない声音で次々と質問を重ねていく。

「どこから来たの?」

「案内して上げる」

好意的な声が多いようだ。
男子も可愛い女の子の転校生というイベントに気持ちを浮つかせているらしい。
でも、ローはその一部ではないらしく席を立たない。
リーシャは次の授業で用意する道具や教科書を机の中から出す。
先に予習でもしておこうかとノートを開く。

「………おい」

「ん?あ、ロー」

呼ばれて面を上げたらローが目の前に気怠げに立っていた。

「あと一時限で飯だろ。今日はどこで食べたい」

聞かれた内容に少し考えてから「外で。天気良いしね」と答えると了承の相槌が返ってくる。
基本、彼は何かに対して滅多な事にノーと言わない。
自分の席に返って行ったローを見送って再度ノートを開くと次は可愛らしい声に呼ばれて顔を上げる。
立て続けに呼ばれて不思議に思うと同時に転校生が目の前に居る事に至極面倒臭いという感情が一つ目。
彼女は何故沢山の生徒を突破してこの席に来たのだろうか。
色々考えが読めない事もないが一応無害そうに見えるので観察する。

「何でしょう?」

「あ、初めまして。あの、私………貴女と友達になりたいです」

(へえ?友達に、ね)

リーシャは一度人生を経験している、つまりは簡単に人を信用出来ないような堅物な思考も持っている。
精神年齢的に余裕を持てるなんて言葉が聞こえてきそうだけど、リーシャの場合は違う。
かなり、いや、完全に下心を持ってそうだ。

「うん。宜しく」

そう言ってサクッとノートへ目を移動させて予習の続きを開始した。
途中で「あの、話したいんですけど」と言われたがもう直ぐ先生も来るし予習をしたいから、と言い訳をして何とか追い払う。
彼女は一瞬不満そうな顔をしたのは自分は見逃さなかった。

(やっぱり下心ありか。狙いは……うん、確実にローだな)

先程彼女の前で初めて会話したから自分に接点を作ろうと思うのは何ら可笑しくない。
さて、これの次はどんな行動をするのやら。
願わくば学生生活を邪魔してくれるなよ、と祈った。



文化祭の下準備が設けられる期間が近付いてきた頃。
転校生がやってきて半月。
転校生はローを狙いつつもこの学校に居るイケメンと呼ばれる男子をものの見事に攻略していった。
ゲームで言えば逆ハーレムに近い。
しかし、そこにローが入る気配はなかった。
最初こそ熱烈に、控えめにアプローチしていたヒロインは、今では後回しにしているらしく猛進の勢いはなくなっていた。
素っ気なく対応するローを見ていたので観戦者気分だったのだが、ヒロイン擬きがこちらを敵視してくるのが至極鬱陶しい。
二頭追うものは、と言うことわざをあの女は知らないのだろうか。

「帰るぞ」

「あ、うん。ちょっと待って」

「………何だ、日誌か。んなもん適当に書きゃァいい」

「え?でも先生からの回答楽しくない?」

「別に」

本気でそう思っているローは隣の席に腰を降ろした。
そこの席の本来の人は既に居ない。
帰宅か部活かどちらかだろう。
隣のクラスメートの事情に疎くて詳しい事は知らない。
ローは時々日誌を覗いてはクスッと笑う。
人の日誌を覗いておいて笑うとは。

「プライバシーを覗くのはダメです」

「学級日誌なんてプライバシー見まくれるだろ……」

確かにそうだけれど。

「ロー、先に帰ってもいいんだよ?」

「いや………待つ。それに、待ち伏せされてるかもしれねェし」

暗い顔になったローは声を顰める。
待ち伏せとは、あの転校生の電波な待ち伏せだ。
計算的に待ち伏せしときながら「あー、ローくんだ〜。奇遇だね、一緒に帰らない?」という行為の事である。
一度目は誰でも奇遇で終わらせるかもしれないが三回目でロー達は「こいつ態とだ」と確信した。

「イケメンも大変だね」

「他人事みたいに言うな。お前だっていつ何をされるか分かったもんじゃねェぞ」

「うん。分かってる」

お約束な悪役に仕立てられるという展開があるならば、確実に嵌められるだろう。

「ん。よし、出来た」

職員室に学級日誌を渡してから学校を出る。

「あの女は………いねェな」

辺りをキョロキョロしてから確かめるローが微笑ましくて笑みが浮かんだ。
年相応の男子が青春を楽しんでいるのは見応えがある。

「今日は………どうする?」

「ローの家か私の家か?」

「………………お前の家……行っても良いのか……?」

その真剣な顔付きは何なのだろう。
緊張しているのか、女の子の部屋だもんね、と納得する。

「うん。私の部屋、結構シックだし男子もローも入りやすいとは思うよ」

のほほんと言うとローははた、と首を捻ってから顔を顰(しか)めたりして最終的には「行く」と返事をした。
何で返事を返すのに五分以上も要したのだろうと疑問に感じつつ家に案内した。



家に着くと「どうぞ上がって」と招き入れた。
部屋に案内して中に通してからキッチンに向かいお茶を出す。

「お待たせ。はい、お茶」

コトッとミニテーブルに置くと直ぐにゴクゴクと飲む彼。
そんなに喉が渇いているのだろうか。

「ふふふ。家に男の子来るの何気に初めてかも」

「!………そうか」

嬉しそうな顔をするロー。
初めてになるのは誰だって嬉しいだろう。

「なァ」

ローが話しかけてきたと思えば膝でこちらへ寄ってきた。

「なに?」

「おれ達は、恋人だよな?」

「うん。世間的にはそうなるね?」

リーシャは外見上ではシレッとしていたが、内心は心臓がバクバクしていた。
次の台詞に期待してしまうのは自分だけではないだろう。

「………………てもいいか」

上手く聞こえなかった。
ローの声が思いの外小さかったせいだ。
聞き直すとローは少し大きめに言う。

「キスしたい」

「っ!?」

予想していたとは言え、ストレートに望まれると赤くなる。

「で、でも……ローの好きかもしれない人に、残しておく方が良いと思わない?」

「叶うか分からない未来に残すくらいなら。今、おれはお前とキスしたい」

ローは一度開き直ると俄然強くなるタイプなのだろうか。

「で、でも」

何を己は回避しようとしているのだと焦る。

「駄目か?」

「だ、駄目……じゃないけど」

「普通は好きな奴と……か?」

「うん、まあ」

ローが以前誰かを好きになったかもしれない、可能性が出来たと聞いていたので渋る、渋りたくなる。

「くそっ、仇になるくらいなら言うんじゃなかったな……」

小さく小さく呟いた声はこちらへ届く事はなかった。

「言い方を変える。もしよかったら、おれとキスして下さい」

「え、え」

こんな風に強請られた事がない、経験もないのに答え方など分かる筈もない。
けれど、何とか答える。

「よ、宜しくお願いします」

お見合い席じゃあるまいし。
なんて脳内で突っ込みつつ二人は正座を決める。

「えっと………キスさ。フレンチとディープ………どっちするの?」

「…………そこまではおれも考えてなかった」

そこまで話してから、悩んだけれど結局キスは未遂に終わった。


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