ガラスの靴は脱いだのよ | ナノ
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文化祭が十月にあるのだが、リーシャのクラスは映画を作成する事となった。
最初は面白そうだ、と盛り上がったが夏休みも使ってする映画撮りに誰もが『賛成しなきゃよかった』と後悔する。
しかし、決まってしまった事を今更覆せないので今日は第一回の撮影会の打ち合わせと撮影だ。
配役はもう決まっているし、シナリオも決まっている。
衣装も作らなくてはいけないし、カメラマンも交代してやる。
ちゃんと使えるかを吟味しながらやっていくという予定だったのだが、クラスの全員が集まる事はなかった。
必要な器具を動かしたり監督とアシスタントと他数名の穴だらけの映画撮りになってしまっていた。
更に、肝心のエキストラさえ休んでしまっているので担任も絶賛頭を痛めている。
ローも来ていたのだが、撮影にならない現状に青筋がこめかみに浮かんでいた。

「夏休みは休みだから夏休みっつーんだよ」

夏休みを潰されたからか怨念のような声を小さく呟く。
これでは撮影が進まないし、監督の生徒も明らかにやる気がないらしく、なかなか始まらない。
俳優の生徒もだらけていて今にも放棄しそうな空気に段々と『もう映画やるの止めた方がいいんじゃ』という諦めの声が聞こえてきそうだ。

「おい、退け」

「え!」

ローが動いた。
監督の生徒を強制的に退かして椅子に座る。
生徒は戸惑いながらローや周りを見るが、周りも混乱していた。
そんな混乱していく空気をものともせずにローは退かせた生徒に「来てない奴ら全員に電話掛けて来させろ」と命令した。
それに唖然となる生徒へローはじれったくなったのか睨む。

「早くしろ、グズは嫌いだ」

眼光に恐れおののいた生徒は急いで担任の所へ向かう。
担任は生徒の言葉を聞くと、共に学校の中に入っていく。
残った生徒達はローを一心に見つめている。

「なに見てる。撮影を始めるからとっとと位置に立て。ロクに確認も出来やしねェ」

眉間にシワを寄せて俳優達に指示すると彼女達は怯えた顔をしてから言われた通りにする。

「リーシャ、悪ィが水を買ってきてくれ。こんなに暑いと揃って熱中症になる……経費で落とせるからコンビニに行った方が良い」

「分かった」

確かにこんなに炎天下の場所に居続けるのは辛い。
言われた通りにコンビニへ行ってペットボトルの水を人数分買う。
学校へ戻ってくると生徒達が忙しそうにしていた。
ひっきりなしにローの声が走り抜ける。
凄い怒涛の展開だと彼を尊敬していると、リーシャに気が付いたローは「休憩を挟む。リーシャからペットボトルを受け取れ」と言う。
最初はリーシャの事をまだ怖がっている様子だったのでこちらから渡す。

「お疲れ様」

と口々に労りながら渡していくとぎこちない「ありがとう」がちらほら聞こえて、初めて生徒達がリーシャを受け入れ始めている事を知った。
好かれないのは構わないが怖がられていると、いくらなんでも寂しい。
だから、この時の僅かな時間でも彼等と苦労を分かち合えた事は素直に嬉しく思った。
ペットボトルを最後にローへ渡すと彼は「暑ィな……」と夏服の胸元を広げて息を吐く。
それに女子達の視線が集まっている事を彼は知っているのだろうか。
周りの視線が此処に集中しているのを感じていると、担任と監督役を解かれた生徒が戻って来た。

「トラファルガー、ありがとな。これで皆を呼べそうだ」

担任が嬉しそうにローへ述べるのを聞いてハテナが浮かぶ。
何かしたのかとロー本人に聞くと「ちょっとな」と悪どい……黒い笑みを浮かべていた。

「トラファルガーくん、ドフラミンゴさんの浮かべてる笑みに似てる」

「!?……止めろ、似てねェ絶対っ」

必死に否定するローは夏の暑さに相まってげっそりしたような顔をする。
監督となったローは休憩をそれから五分挟むと俳優と裏方をまた動かし出した。
皆、一様に汗をかいていながらもローの指示に答えている。
映画の撮影が再会されて三十分程経った時、来ていなかった生徒がちょっとずつ登校してきた。
全く参加する意欲を感じなかった生徒ばかりだ。
それに眼を白黒している暇もなく、次々とやってきて、二時間後にはほぼ全員が来ていたのでエキストラも映画に加わる事が出来た。
それからローの的確で抜群の要領を得た映画撮りは順調に進んでいく。
そして、ローは『鬼の監督』と皆から呼ばれて、内容もキャスティングも演技も見事だとローのオッケーを貰えた最終日。
生徒達は夏休みに入る前よりも涙を零して夏休みを再び迎える事が出来た事を歓喜する。
もし、ローがメガホンを取らなければもっと夏休みが潰れて、映画もボロボロのままだっただろう。
終わったらはい、さよならではなく、打ち上げも行った。
それは、皆が苦労と苦楽を分かち合った結果とも言えよう。
ローは最初打ち上げなんて、と帰ろうとしたが監督役を降ろされた生徒が先人を切ってローを捕獲したのはある意味成長したのだとリーシャは思った。
そして、担ぎ上げられても可笑しくないテンションで生徒達は教室で映画撮影の涙ぐましい日々を語り、これからの夏に向けての予定を語り、心晴れやかに解散した。
尚、この話しはリーシャの日記から抜粋したので個人的な気持ちも入っている。
舞台の裏側では良くある打ち上げ後の後片付けが、撮影でぐったりしていた身体にダメージを増やしたりだとか。
ローが『監督』と呼ばれて「もう違うだろ……」とあだ名が出来た瞬間だったり。
記すにはなかなか書く事が多い。
つまりは、結構満更でもなさそうなローの緩んだ顔が今回一番の収穫であろう。


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