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誰が予想できただろうか?
いや、予想できてもまさか実行に移すなど考えられなかったのだ。
リーシャが脱走するなど――。
事の始まりは、
まず始まりなどがあったのか。
ないに等しいだろう。
海賊に攫われれば誰だって逃げ出すのは当たり前だ。
しかし、リーシャを手荒く扱ったことなどない。
だとすれば理由は一つ。
「つまり全部全て最初から船長の責任だな」
「……フォローできねェよ船長……」
「……リーシャ〜……」
リーシャが脱走して早一時間が経過した。
ローが上陸しようとリーシャの部屋に行き、失踪したことが判明。
そう気づいた途端のローは鮮やかで迅速に行動をした。
船員全員で捜索をしろとおたっそくが出され、総でで連絡と捜索網が島全体に張られている。
しかし、情報が全く入ってこないという非常事態に陥っていた。
そういったことを得意とするペンギンもそのことに焦っていた。
リーシャがもし既に、海軍に助けを求めていたら――。
そう考え、ペンギンは自分の船長であるローは海軍を潰しにかかるだろう。
実際に一度潰したことがあるから容易に想像できてしまった。
彼女はあのローが唯一愛する女性。
ペンギン達は最悪の結末にならないように祈った。
もちろん海賊なので神ではなく自分達の誇りであるジョリーロジャーに。
***
「大丈夫だ!必ず私達が君を守るから安心したまえ!」
「は、はぁ……」
ただ頷くことしかできない。
ローの船から脱出したリーシャ。
以前能力者だとバレる前に考えた脱走できるんじゃないかと気付いた為、脱走してみた。
しかし、行く宛が最初はわからなかったのでウロウロと歩いていて、海軍の駐屯所を見つけた。
のはいいが、密かに黙って脱走したことに罪悪感を感じ、やはり止めといた方が……と思ったが慌てて首を振る。
(わ、私は海兵なんだからっ)
自分の危険察知能力が低いことを自負しなければ。
リーシャはそう感じ海軍に助けを求めたのだから。
けれど、とリーシャは違和感を先程から拭えなかった。
なぜならここへ辿り着く前の街中の様子が少しおかしかったからだ。
なんと言ったらいいのかわからないが、町の人間達が何かに怯えているような気がした。
リーシャが海軍の駐屯所に向かう際も子供が遊ぶ声や町が活気づいている様子があまり見られなかった。
「あの……」
「どうしたんだい?」
髭を真っ直ぐにこさえた海軍大佐の男性がこちらを向く。
何故か鳥肌が立ったのは勘違いだろう。
「この町、最近何かあったんですか?」
リーシャが尋ねると大佐はあぁ、と悲しそうな顔をして髭を指でなぞった。
「最近、詳細不明の誘拐が多発していてね。それで町の民間人が不安で今ではこの町は暗い空気で満ちているのだよ」
「そうだったんですか……」
そんな事件が起こっていたとは。そんな時に自分は海軍に助けを求めてしまったのか。
「あの……やっぱり私ここを去ります」
ロー達がここを見つけ自分をまた誘拐することを予期したリーシャは立ち上がる。
「それはいけない。私達は海軍。君を野蛮な海賊共などに渡すわけにはいかない」
「え……」
野蛮……じゃないのに。
リーシャはそう言おうとしたが、海賊は海軍の敵。
安易に口走ると自分やロー達にどんなことが起こるかわからない。
確かに他の海賊の奇襲にあったりもしたが、ロー達に乱暴をされたことなどないのだ。
だからリーシャはロー達にはできるだけ被害がいかないようにしたかった。
海兵である自分。
本当はこんなことを思ってはいけないことはわかっている。
「まぁお茶でも飲んで違う事を考えておきなさい。私は用事があるから失礼させてもらうが……」
「いえ!大丈夫です。色々とご迷惑をおかけしています」
気を遣ってくれている気持ちは十分でリーシャは笑いながら頭を下げる。
リーシャの様子に大佐はそうか、と言って部屋を去って行った。
不気味な笑みを残して。
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