29
追いつかれる、追いつかれないの距離で頑張って逃げていたが、とうとう捕まってしまう。
髪を遠慮なく引っ張られて苦痛に呻く。
みなさん、髪を引かれるのってヤバいくらい痛いようですよ。
それから仰向けに投げ出されて上に跨がってくる男は服に手を掛けて胸元の開いている所から片手でビリリリリ!と横に力の限り裂いた。
破いたに近い裂き方に握力ヤバい、と内心引く。
「ヘヘヘ、大人しくしてりゃあ可愛がってやるよ」
下品な口でそう宣う。
純潔のこの身を汚されるくらいならローにあげた方がずっとずっとマシだ。
(て、何考えてんの私!?)
呆気なく殺される方を想像していたので、こういうイヤーンな展開に焦る。
人質か殺すのかという作戦ではなかったのか。
上も下も明け透けに見えてしまっている。
辛うじて下着の次に付けるコルセットが下着を隠しているが、コルセットも取られる。
暴れても体力的に負けてしまう、だとしたら、勝てるのは順応に従ってこの男をつけあがらせて操ってしまう。
この作戦はヤられてしまう前提なのだが……。
やはりローにやれば良かった。
内心悔しさに挫けそうになるがフッと肩の力を抜いて男の首に手をやる。
腕を掛けてシナを作り自分なりの艶やかな顔を作った。
「あ?」
海賊はこの行動に怪訝になって、リーシャは艶めかしく誘う仕草をする。
(もう、やるしかない)
所謂ハニートラップだ。
「私、実は×××好きなのですよ?だからするのに反対は致しませんわ?でも、此処は固いのです。出来ればあそこにあるソファーまで運んで下さらない?」
腰をクネらせて男の頬に手を当てて触りたくもないのに滑らせる。
全部終わったら消毒してやると決めた。
男は突然態度が変わったこちらに何も疑わずに嬉々としてソファーに運ぶ。
襲われるのではない、逆にこいつを懐柔してやるつもりでやろう。
「でも、実は一人でしかしたことがないのです。宜しければ、指南して下さる?この逞しい貴方の×××で」
放送禁止用語を使って言ってみれば男は喜んで顔を緩めた。
気持ち悪い。
キスしようとしたのでスッと指先を押し当てて「それは後にして、貴方のを×××たいですわ」と目線を男の足と足の間に向けてみる。
それだけでゾクゾクとしたらしく早急にベルトを外し出す男、バカめ。
「ぐああああ!!?」
突然男が目の前から消えた。
鈍い音を立てて吹き飛んだらしい。
横を向くと壁にめり込んでいるのが見えて反対を向くと青筋を立てている男、ローが居た。
どうやら帰還したらしい。
密かに息が上がっているし汗もかいているらしい。
セクシーだ。
やがてローはこちらを向いて、変な事を言った。
「お前も死にたいらしいな」
そんな訳ないだろうと呆れるとどうして隠し部屋から出たのだと言われて言葉に詰まる。
まさかローにあげようとしていた帽子を取りに行ったからとは言えない。
「男に抱いてもらう為に出たんだろ。言わなくても分かる」
「もしかして聞いてらしたの?」
あまり聞かれたくない内容だ。
ローは頷く事もせず先程の男のように乱暴に腕を引く。
痛い。
怒られる言われもない気がした。
今回の騒動の発端、原因は完全にローにある。
この屋敷にずっといて、逃げる手段も碌に持てず、仲間も居ない自分に対して、ローは自由に外へ出られる。
どうして自由なローに自由じゃない自分が責められなければいけないのか。
抗う方法だってないのに、抵抗しても襲われてたのは理解していたからこそ自分なりに頑張った。
ローに初めてをあげてもいいとさえ思ってしまった事が嫌で、認めるわけにいかない。
「聞いてんのか、尻軽みてェな真似しやがって……!」
「煩いこの野郎!」
「っ!」
突然言い返したので呆気に取られるローに、帽子の入った箱を投げつけて逃走する。
制止の声が聞こえた、今日で何度その制止の声を聞いただろう。
メイド達は無事に逃げられただろうか。
頭の中に次々と疑問、悲しみが湧いてきてはその度に涙腺が緩むのを感じた。
最後には大泣きして、ワンワンと泣いてしまう。
いつの間にか外にいて、海賊達が地に伏していた。
どうやら殲滅したらしい。
「恋愛結婚の夢を返せええええ!」
海賊の倒れている姿しかないと思うと自然と愚痴や溜まっていた不満が口から出た。
「結婚式上げてやるううう!」
願望だ、大爆発した。
「旦那は優しいのがいい!」
「普通の仕事の人がいいよおおお!」
「でもガリマッチョが良いです!」
と途中から神様に頼み事!の類を叫んでしまっていた。
次を叫ぼうとすると、ローらしき腕が腰に回り、ギュッと後ろから抱きつかれた。
叫んだそれらを聞いたのだろうローは「おい」と呟く。
無視をしながら不満は本人の方が良いと思った。
なので、ローに向かって今度は文句を言う。
「離婚したいから後で離婚届にサインしろお!」
願っていた内容を暴露する。
「賠償金払え馬鹿!」
訴えてやる、捨ててやる、こっちから捨ててやるわ!
「バツイチになりたくないけど己むを得ない!」
ローも「俺も同じバツイチになるんだぞ」と言い返してきた、知るかそんな問題。
彼に投げつけた箱の中に仕舞ってあった帽子をローが被ってる事を知ると、その瞬間キスされる。
(はっ!?)
ぴたりと涙が止まったリーシャにローは優しい顔で言う。
「政略結婚から始まる恋愛だってロマンじゃねェのか」
問われて唸る。
「そんなハードな恋愛嫌だ!」
「俺だってまさかお前がこんなんだとは夢にも思わなかったからお互い様だろうが」
クスクスと笑うロー。
「う、じゃ、じゃあ、このまま離婚しなかったら我が儘沢山言うんだから!」
これじゃあ子供みたいだ。
「ほォ?例えば?」
予想外の切り返しに言葉が詰まる。
苦肉の顔で案を捻るが、上手く頭が回らない。
「海に連れてって!海賊になりたい!」
「……海賊?」
これにはローも戸惑ったらしい。
リーシャは敬語がなくなって暴走している程混乱していた。
「麦藁海賊団の。これ凄い重要!」
「何でまたそんなとこに入りたいんだ……?」
ローの疑問なんて些細な事だ。
「麦藁海賊団が世界一イケてる海賊だから!」
「そこは俺のとこだろ普通」
「潜水艦ってジメジメしてるから嫌。あと貴方も居るから」
「あ”?」
凄い眼孔で見られた。
「ほら!そんな風に脅すからだ馬鹿!」
「……染み付いたもんはなくならねェ」
「染み着いてんの!?それってそういうものじゃないでしょ!」
「兎に角俺のとこだ」
「やっぱり我が儘に答えられないんでしょ!……もういい」
「夫婦が違う海賊団所属とかあり得ねェだろ」
「そういう狭い偏見が野望の邪魔をするんだよ!?それにさ別に私達」
言ってはならないワーストフラグの上位に食い込む事をこのいけないお口は言ってしまった。
「本当の夫婦じゃないじゃん!」
初夜をスルーされた記憶は確かだ。
でも、言ってはいけなかったのかもしれない。
発言をした瞬間、リーシャは見た。
彼の口元がつり上がるのを。
「だったら……」
嗚呼、その先は。
「やっぱいい。何も言わなくいい。ほら服破けてるし私帰らなきゃ」
棒読みになる台詞を言っても彼は止まらない。
「本当の夫婦になればいいだけだ」
言うな!
「簡単な解決策があって良かったじゃねェか」
良くねええ!
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