06
ローの誕生日がこの前あったのだが、その後から行動が更にグレードアップしてボディタッチやスキンシップが多くなった。
頭を殴っても気持ちの悪い顔しかしないので殴るのも躊躇したくなる。
歳を数える事に枷を外すのは止めて欲しい。
ローは他の人にはない気管かスイッチかを持っているのか。
だとしたら彼は人ではなく地球外生命体だ。
そんな事を考えているのは、ソファに押し倒されているから。
暇なので考えを巡らせていた。
取り敢えず本が床に落ちたので拾いたい。
「やっぱお前じゃねェとムラムラしない」
別にローとはそんな事を言われる関係でもないと先に言っておこう。
まだ彼は学生であるし、思春期でもあると何となく理解しているからそういう事に興味が出るのは自然だと分かる。
けれど、こういうのは別の子とお願い、否、取り敢えず退いてくれと思う。
「私で試そうとしないで。あと私から半径十メートル以内には入らないで」
つまり発散してこいと言っているのだが、伝わっただろうか。
「…………馬乗りになるだけで我慢してるのにこれ以上生殺しか?」
「馬乗りの時点で許可も承諾も何も出してないんだから、ローは今通報されたら即お縄って事忘れないでね」
「何言ってんだ。未来の旦那にお縄もあるか。無罪放免だ」
「あんたこそ何言ってんの」
誰が旦那だとイラッとくる。
その感情のままにローを蹴落とす。
しかし、ムカつく事に避ける彼は颯爽と退く。
男は本を拾うとこちらに渡してくる。
起き上がって受け取るとソファに座り直した。
「なァ、おれと海へ」
「行かない。一人で楽しんでこれば」
何故ローと海へ行かなくてはいけないんだと疑問に思う。
温泉の時は、あれは特別だ。
あれ以降の例外はない。
そうきっぱりと告げたのだから海と言われても絶対に行かないに決まっている。
「ビキニ見たい」
「海に行けば目に入ってくる」
自分がならなくとも他の人が着ているだろう。
「日焼け止め塗りてェ」
最近ローは己の欲を声に出しすぎだと思う。
塗りたいのならロー自身の身体に塗ればいい。
「ボーイミーツガール……」
「煩い。それは同じ学年の子として」
ボーイミーツガールは青春の仲の男女のする事だ。
「考えといてくれ。日付はまた言う」
サッと隣に座ってきたローの発言に溜め息を吐き出して絶対に行くものか、と決める。
「……リーシャ」
話しを終わらせたローが数秒後に吐息混じりで名前を囁く。
無視を決め込んでいると首の辺りにローの唇が当たる。
彼の身体を離そうとして、チクッとした痛みにデジャビュを感じた。
どこかでこれと同等の痛みを体験した事がある。
「痛かったか」
思考に捕らわれていると聞いてくるローの頭をシバく。
「痛い。離れて。近寄るな」
シッシッ、と追い払う仕草をするとローは家に帰っていった。
寝ていると上に重みが掛かって、目をうっすら開けるとローのようなシルエットが見えた。
いや、確実にローだろう。
今日は休みだし夜中にやってくる確率は高かったので予想の範囲。
そのまま目を閉じて睡魔に身を委ねようとすると彼の手が妖しげに動く。
「何すんの」
「触ってるだけだ」
別にそんな関係でもないのに触るなと思う。
しかも、服が今はパジャマなのでラフだ。
手が腰に触れてローの手をピシャリと叩く。
「いってェ」
「他の子とやって」
「……他の女じゃ駄目なんだよ」
ふてくされた様に言うローは珍しく焦っているように見えた。
クリスマスの当日。
この日は大学も休みだったので歩いていると男の人が三人群がっているのが見えてナンパの出待ちかと内心予想。
出来るだけ関わらないように少し足の速さを早めて出来るだけ離れていく。
しかし、彼等は他にも女性が歩いているというのにこちらへ歩いて来た。
(来るなっての)
内心面倒になりそうだと声を掛けられる前に男を通り過ぎると彼等は三人でリーシャを捕獲しにかかる。
此処までの行動力がある癖にクリスマス当日までに捕獲出来なかった彼女の存在に呆れた。
「待ってくれよ。ほんのちょっと俺らと話してくれりゃあ」
心底鬱陶しいという目見る。
「リーシャ。今から帰るのか」
突然声が掛けられた。
振り返るとエースだったので驚く。
「……はい」
「んじゃ、一緒に行こうぜ。乗ってけ」
彼は車からわざわざ声を掛けてくれたようで、暖かな笑みに安堵する。
その助け船に引き上げてもらおうと、そさくさと車へ寄ってから扉を開けて中へ入った。
中は暖房が聞いてきて冷えた頬に染みる。
程なく青になった信号機、動き出す車。
エースは声を掛けてきた。
「クリスマスに災難だったな」
「はい……助けて下さってありがとうございます」
花見以来、何かイベントや行事がある度に顔を合わせていたが、会うと少ししか話していない。
だから、助けてくれるなんて思ってなかった。
「いや、見てて面白かった。怯えるどころか、威嚇してるみてェだったし」
「威嚇、ですか……絡まれるの面倒だな、とは思いましたけど……」
エンジン音が響く。
「はは。確かにあんた、そんな感じに思える。毎回会う時もつまらなそうに見えて楽しそうにしてたしな」
エースの言葉に目を大きく見開いた。
つまらないとはよく言われる。
けれど、楽しそうなんて。
「私、上手く笑えないのに、楽しそうとか分かるんですか?」
「んー。笑ってるとかで判断はしてない。嫌ならとっくにおれ達の前に出てこないだろ?嫌じゃないから俺はお前を毎回見るし、話す」
「……でも、いつも会話とか短いし……つまらないですし」
「おれはな……リーシャ」
エースが真面目な声音で少し間を空けて空白を作る。
「大事なのは話しの内容や長さじゃねェと思ってる」
「え?」
こういう時、人は本当に疑問の声を出すのだと頭の隅で思った。
「相手と居て、心地が良いかどうかだ」
「心地……ですか」
「初めてで心地が良くなくても、何度も繰り返す内に馴染んでいつの間にか心地が良くなってくるもんだ。俺だけが心地良いなって思ってても向こうが悪いって事もある。けどな、そんな心地の悪さも時間が経ったらいつの間にか無くなってなるのさ」
「……はい」
エースの言葉は半分も理解出来なかったが、何となく感覚で理解出来た。
「リーシャはローと居て心地悪いか?」
当然ローの話題を振ってきたエースにびっくりした。
「はは。悪い。あいつと居る時がお前、一番話してるから」
それは彼が昔からの知り合いで気兼ねなく話せるからだ。
「今、色々理由考えたろ。つまり、お前にとってローは少なくとも話しにくくなくて、短くても気にしないで話せる奴って事だ」
「凄く否定したいですけどね」
答えるとエースは軽く笑って「あいつも言われてんなァ」と言う。
「ま、堅苦しい倫理的説明は忘れてもらっていい。でも、心地良さについては、今度皆で集まった時にでも試しに考えてみてくれ」
「はい。色々教えてもらってしまいすいません」
エースはまた笑って家まで送ってくれた。
またローの誕生日が来たのだが、更にスキンシップが過激になってきた。
後少しで高校も卒業なので保健体育のお試しは違う子でやってほしい。
別に何か厭らしい事をされた訳じゃないが、兎に角最近身体に何かと触る。
そして、またローと彼女らしき女子の帰り道に遭遇してしまう。
全く見たことの無い子だ、当然ながら。
前にこういう女避けに付き合う事を止める云々と言っていたのだが、止めたのだろうか。
それとも止められない理由が何かあるのかもしれない。
ロー個人の自由なので関係の無いことだ。
そろそろ遠回りして帰ろうとすると秋の風が冷たく吹いた。
身を縮めて寒さを凌いでいれば足音が二つしない事に気が付く。
前を向くと二人が居ない事を知る。
帰り道は同じなので失踪でもしたのか。
「リーシャ」
最近は名前を呼ばれるのが増えたな、と思うようになった。
後ろに顔を動かすとローの姿に疑問が掠める。
「さっきの子は」
「とっくに違う道に帰った」
どうやら彼女はローの家の方向にわざわざ共に言ってから違う道にある家へと帰ったのだという。
マンガやドラマでよくあるシーンだが、男女逆ではないか、と感想を抱く。
「外は冷える。早く帰るぞ」
(いつ一緒に帰ると)
一言もイエスとも、誘った覚えもない事をサラリと言う。
半年前にエースが心地云々と言っていたのを今でも覚えていた。
それを後日、冬の鍋囲み大会と名を打った大会の要素がどこにもないものに参加して心地良かったか考えてみた。
心地は悪くないと直ぐに思って、周りを見渡してからこの雑音も悪くないと、ストンと胸に新しい何かが落ちた気がする。
考えにたゆたんでいたからか、ローがいつの間にか手を掴んでいたのに気付くのが遅れた。
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