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02


ビアンは言った、教団が欲しているのは異界に住む人間なのだと。
異界という単語に息を呑んだ。
冗談じゃないとリーシャは手を握り締める。
素性がバレているなんて、そんなわけない。
それに何故ビアンが「世界に絶望した」と自分に言ったのか分からなかった。
なんの関係もないはずなのに、冷や汗が背中を伝う。

「私は、貴方が探している人間じゃないです」

「何故そう思う」

「そう思う前に貴方が私の何を知っていて、確信するのか理解出来ません」

彼は成る程と納得したように俯いた。

「教団の者が貴女で間違いないと言うから理由は知らない。でも、もし貴女が違う世界から来たのなら……私は無事に貴女を返そう」

「……何を知りたいんですか」

「貴女の世界について。この世界は腐っていてね……もう−−」

小さく掠れた声は絶望を知っているようだ。
まるで諦めた目にリーシャは見ないフリをする。
記憶に蘇るのは断片的な向こうの『世界』。
優しく頭を撫でる母、笑う自分。
理不尽と不安でギシギシと鳴る己の心。
過去、自分はずっと過去に捕われて捕われ続けている。
それでも捕われなければ縋るしかない。
ビアンにも絶望をかいま見た。

「誰にも……話したことはないですけど、少しだけなら」

彼の表情は世を捨てた世捨て人のそれに酷似していた。

「私の世界はこの世界と同じ理不尽な世界です」

だが天竜人も居ない、海賊も居ない。
銃も剣も使える場所に限りがある。
医療もこの世界より進んでいて。
出来るだけ分かりやすく説明するとビアンは待ち望んでいたような顔をする。

「天竜人が、居ない……それは本当なのか……」

「はい。ですが、私の知る限りの地域の話で……」

「それでも……それを知れただけで十分だ」

リーシャはビアンを見ると目を見開いた。
彼は確かに涙を流して耐えるように目を閉じて笑っていたのだ。

「そうか……」

「あの、私からも質問が」

「ああ」

「天竜人と何かあったんですね」

ビアンは頷いた。
かつて彼には婚約者がいたという。
愛していたと語る目は慈愛に満ち溢れていた。
ある日、何の前触れもなく天竜人が島にやってきて婚約者を妻にと攫っていったらしい。
それ以降、彼女が島に戻ってくることはなく二年が過ぎた時に新聞で小さく婚約者の死亡記事が載っていたと彼は話す。
貴族の男は人間でありながら恋人である婚約者を天竜人に奪われ、挙げ句の果てにその女性は病で亡くなっていた。
ビアンは元々貴族の出ではないらしく庶民の域と過去を話しリーシャに再度言葉を繰り返した。

「だから私は世界に絶望した。もし違う世界があるならば、天竜人の居ない世界が存在するなら」

「でも、幸せになる保証はない」

「幸せ……貴女は……幸せではないのかな」

「幸せです。けど、違う世界だから……なんて……っ。ビアンさんは違う世界を知ってどうしたいのですか」

「そういう世界もあるのだと知れた事に意味がある」

彼がそう口にした途端、扉が開いた。
執事らしき男がビアンに足早に駆け寄り切迫した空気を漂わせる。
どうやらリーシャの事を聞き付けた教団の人間が押しかけてきたらしい。
それにハートの海賊団も城内で暴れていると聞いて思わず椅子から立ち上がる。

「三つ巴だね。行こう、リーシャさん……今すぐハートの海賊団の元へ貴女を送ろう。収束がつかなかった場合は命を差し出すつもりだ」

ビアンはフッと柔らかく笑うとリーシャを扉へと案内する。
しかし、先に向こう側から扉が開き、黒くて装束に似た服装の集団が二人を取り囲む。

「ビアン・レクイエ。約束は守ってもらいます。我等の君子、ずっとお探ししておりました。我等は−−<異能の獅子>」

彼等が身を明かした瞬間、第二の訪問人が現れた。

「そいつは返してもらう」

「ローくんっ」

少ししか離れ離れになっていないのに懐かしい。
今直ぐにあそこへ駆けたい衝動は教団によって阻止される。
ビアンは教団に向かって高々と宣言した。

「貴方達には申し訳ないが、彼女はどうやら違ったみたいだ。だから彼等の元へ返す」

リーシャはハッとしてビアンを見た。
しかし、次の瞬間−−彼の表情は苦痛で歪む。
ドッと背中を強く叩かれた音がして赤い血飛沫が宙を舞う。
名前を叫び、教団の一人が彼から静かに離れると駆け寄る。
ハートの海賊団が教団を威嚇する言葉を投げるのが聞こえた。

「我等との契約を破った報い。一人が君子を独占する事は許されぬ」

「っ!貴方達はっ、一体人の命を……何だと思って……!?」

言い切る前に腕に何かが触れ、そこを見ると暖かい手が触れていた。
視線を倒れた男に向ける。
彼は息苦しそうに見ていた。



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