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37


手を繋いでいる感覚がする。
けれど、ローは半透明だから無理な筈なのに。
ふ、と目を開けるとそこは海の中ではなかった。
なぜ、なんでこんなところに。
疑問が頭を埋めた途端、嗚呼、と分かった。

「ここはあの世なのか」

真っ白な空間というわけではないが、ところどころまだら模様なところがあって、なんというか居心地は良くも悪くもなかった。
隣に居た筈のローも居ないからここはローが来れないところなんだなと察した。
なんとなしに何も行動していないままは落ち着かなくてフラフラと適当に歩き出す。
首を真っ直ぐにした。
ここはリハビリしている足腰とは関係なく淡々とスムーズに動けて、まるでロー達と居た時の感覚で歩けた。
歩いていると、ふと、また気配が変わる。
しくしく、しくしく、と泣き声や啜り泣く声が聞こえて耳を澄ませる。
扉が目の前にあることを知り、疑問に思う前に激しい悲しみが胸を覆う。
虫の知らせというものかもしれないと漠然と思う。
自分の気持ちに戸惑い扉を開けるとそこは懐かしいあの船だった。
黄色い潜水艦、愛しい船員達が、下を向いている。
皆に声をかけようとしたとき、掻き分けるように視線を研ぎ澄ませた。
なぜこんなところに棺桶が。
疑問は言葉となって口から出ていた。

「誰のなの?」

「分かんねェのか」

聞いた事もない冷え冷えとした声。
誰なのか。
と、思える程冷えていたそれに息を飲む。
この船の人達に黙って去っていった事を怒っているのかもしれない。

「え?もしかして、この船の船員?」

気付かないフリをして問いかけると次は張り裂けるような悲痛な声がこだまする。

「違う」

ペンギンが冷たい感情の無い声で言う。

「ずっと子供の頃から一緒に居ただろ?」

ベポが悲しみに満ちた声で告げる。
そして、当然の如く詰る。

「なんでカナヅチと分かってたのに、あの時飛び込んだの?」

バンダナが責めるように聞いてきた。
皆の言葉から誰の葬式か、嫌な音を立てて思考がクレヨンでぐちゃぐちゃに塗り潰される。





「この棺桶……嘘、嘘、嘘……!」





「ねェ、キャプテンの事……愛してた?」




崩れ落ちそうになる前に、問いかけをされ辛うじて足を保つ。

「当たり前でしょっ」

ベポが無表情で問いかけてくる。
彼の無表情など、何の温度もない目など、怖くて耐えられない。
肯定しても彼は質問をしてきた。

「それは家族愛でしょ?キャプテンはリーシャのこと一人のメスとしてずっと見てたんだ」

今更、そんな。
棺桶がある場所が開けて足が自ずと動く。
目の前に行く。

「そんなの、知らないよ……知らなかった……」

棺桶にすがりつき拳を握る。

「嘘をつくな」

ペンギンが鋭利な声で攻撃してきた。
唖然として彼を見る。

「知らなかったなんて白々しい。本当は、心の底では知っていて知らないフリをし続けたんだろ」

彼は容赦なく言い放つ。
耳を塞ぎたくとも手が震えてどうにも出来ない。
やめて、やめて。

「わたしは、本当に」

「罪悪感なんて言って、自分が愛される事を恐れていたんだろ」

顔に影が出来た船員が突然言い出す。
激情にかられている彼らの責める視線も全て無防備に受けてしまう。

「父親に愛されない、母親は最後まで愛を教えてくれなかった。誰にも必要とされない。船長に見放されるのが怖くて異世界を理由に言い訳したんだろ」

帽子を深く被った船員が次々と言葉を発していき、反論する余裕がない。

「あんたは逃げた。キャプテンは死んだ。これで本当の事が言えるな」

「何言って――」

息が苦しい。

「なァ、キャプテンを愛してないのか?」

「ベポ、あのね」

ベポにだけは純粋に言いたかった。
けど、言葉を挟む時間すら望めない。

「リーシャはキャプテンが死んでも何も変われないんだな」

シャチの言葉に唇が張り付く。
彼が死んでも自分は本音も言えない。
ああ、なんて冷たい女なんだと思われても仕方がない。

「リーシャ、最後くらい、言ってあげてくれよ」

ベポが懇願してくる。
リーシャはグッと身体を強ばらせ棺桶に向かって頬を寄せる。

「ローくん……ローって最後までちゃんと呼べなくてごめん」

貴方は何度もローと呼ぶように強要してきたね。
でもあまり呼んであげられなかった。
期待させたくなかったんだよ、異性として意識させたくなくて。
本当は、気付いていたよ。



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