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- ナノ -

34


ローの顔が近くにあった時、ドサリと押し倒されて、儚くも愛しいという雰囲気を醸し出す彼の心情を垣間見た。
彼にお別れを言わなくてはと漠然と感じた。
どんどん視界が白ずんでいって、次に眼を覚ました時に見えたのはあまりに清潔過ぎる白い天井。
眼だけを動かして辺りを見ると傍に見慣れた、バイタルの機械がグラフのように並々と動く。
これは心拍を図る機械だ。
耳には無機質である機械音のピッピッというものが聞こえる。
ここはどうみても病院で、ロー達の居る船内ではないと確信。
知らずの内に涙が流れていた。
横になっているから涙が耳に入って少し不快だ。
拭おうと手を布団から出そうとすると気怠さに見舞われ力の入れ具合に違和感。
必死に外へ出す頃にはお腹に何度も力を入れたせいで息が苦しく、まるで硬いものを身体に入れられているようにすら錯覚。
手を視界に入れると眼を見開く他無い。
なんせ、手は細く、決して健康的なんかではなく、白さも異常だ。
あまり外に出させてもらえなくても甲板程度は日々日光に当たっている身体は小麦色に近い筈。
なのに、リセットされたようで怪訝になる。
上を向くと視界にナースコール。
口元に付いている呼吸器を外して一旦落ち着くとナースコールを押した。
ナースコールから声が聞こえて無線機のように音が「如何しましたか?」と聞いてくる。
それにどう応えたものか、と一瞬思案しこう応えた。

「今目覚めたばかりで状況を教えてほしいのですが……」

そう答えると相手は何も言わず、暫くして漸くそっちに向かいますと、どう聞いても動揺している声音であった。
待つ事、五分。
それくらいだ、大体体感であるが。
パタパタと早足にやって来る足音でホッと息を吐く。

「あ、でも……説明とかは」

今までどこに居たのかと言われて海賊と答える訳にはいかない。
悩んでいると部屋の一面を囲っていたカーテンが開かれる。
ナースの服を着ている人と医者の白い服を着ている人と、眼が合う。

「!――起きられたのですねっ」

「は、はい」

そんなに驚く程長く眠っていたんだろうか。
そもそもこの世界では自分の状況を把握出来ていないからどうとにも出来ない。
脚に力が入らない、身体も上手く動かない。
筋肉が固まっているのだろうと推測するに、恐らく自分は植物状態であったのではないだろうかと考える。
あのナースの驚き具合は普通ではなかったし、身体の状態を感じてもかなり近いものではある筈。
次に抱いたのはローの事だった。
何もかもを諦めて帰ってきたらこれだから。
全て夢の中の出来事だと思ってしまうのは心が納得しない。
自分だけでもせめて、本当にあった事だと信じたかった。
胸に灯る暖かさを教えてくれたのはローとローの父だ。
断じて現実のリーシャの父親ではない。
あんな外面だけで生きているような男ではないと心を整える。
恐らく彼は電話なり、なんなりで此処へ来て何か言う筈。
多分、決して歓迎されないが、政治的な内容であろう。
ローには最後まで告げることが出来なかった事。
それはリーシャの家が古くからある海外の貴族に近い財閥の娘だという事。
母は一夫多妻制に甘んじた父の数居る内の一人で、彼女も良い所の出であった。
運悪く政略結婚となった間に生まれたのが自分だ。
母は病でなくなった。
温室育ちの女がこんな場所で図太くいられるわけもなく、幼いうちに看取った。
その時、父は傍にいなかった。
浮気するにも妻が多いのでする必要もない。
仕事だ。
海外に出ていて、妻の危篤も、葬式にも出なかった。
葬式は身内でやったから出る必要もないと思ったのだ。
それから、自我が芽生えた時から特に何とも思わなかった父への情が憎しみへと変わるのは、彼が持ってきた見合いの話しである。
まだ利用するのか。
沸々と湧く想いから逃げた先は、一人旅とも言えない粗末な登山だった。
運悪く吹雪に見舞われ、運命の出会いを離したというのが経緯だ。
この身体を見るに、見つかったが意識不明でそのまま放置というのが検討した結果だろう。
思案するしかない。
此処はかなりの良い所の病院だ。
鏡をナースに頼んで顔を見ると、最後に歳を取った姿が映し出された。
となると、もう五、六年は眠ったままだったいう訳だ。
コンコンと音を鳴らして部屋を来たのはやはり前と変わらず、だが僅かに歳を召した姿。
この人も変わらないと眼で見ながら起き上がった状態を維持している。

「漸く起きたか」

「開口一番にそれですか。相変わらずの人ですね貴方は」

「!」

まさか、今まで何も言わず命令に従ってきた娘が皮肉を口にしてくるとは思いもよらなかっただろう。

「どうしたのです?私より貴方の方が口のききかたを忘れたなどと言いませんよね?」

くすくすと笑う。
ロー達と過ごしてきた自分にとって、例え此処で頬を打たれたとしても避けて殴り返せる自信はある。

「貴方に言う事はこれだけです」

息を詰まらせた男を見る。

「私の死後、貴方を地獄へ連れて行きますのでそのおつもりで」

ローと海賊の行為を巡っていたから、それに父を連れて行こう。
最大にして最後の笑みを渡した。




彼は顔を青白くしたまま何も言わず去っていった。
言い返すことも出来ないなんて、とくすりと笑みを溢す。
今まで何度報いてやると思っても言えなかった。

「ようやく言えたよ、ローくん」

もう貴方の名を呼んでも応えてくれないんだね。
物悲しさで胸が張り裂けそうだ。
願わくば、ずっとずっと傍に居たかったけれど、その理由が見付けられなくて。
リーシャは長い間色んなものから逃げてきた。
このまま歳を取って死んでいく。
それでも良いと思った。
彼が、仲間が居ない人生など何と味気ない事か。

(嗚呼……寂しい、寂しいよ)

涙がぽろりと零れた。
彼の世界に行って一度泣いたが、今回はその比ではない程泣いた。
これ程まで胸が苦しくなったのは久々かもしれない。
彼が幸せになればもう心残りは無い。
綺麗な心がある女性を傍等に船員達に囲まれて子供なんかも出来て、笑みを浮かべてくれれば尚良い。
それをもう見られないけれど。
そこまで想像してクスッと零れる。
リーシャの事は遠い記憶として過去のものとしてくくれば良い。

(嗚呼、ローくん、ローくん)

駄目だ涙が止まらない。
こんな時、慰めてくれる人は居ない。
誰も。





「泣いているのか?」

しくしくと歳甲斐無く泣いていると幻聴まで聞こえてきた。

(起きたばかりできっと疲れてるんだよね)

きっとを繰り返して耳を塞ぐ。

「おれの声は聞こえてねェのか。予想外だ」

(まだ聞こえてる。もう、私どれだけローくんを想っているの)

駄目だ。
こちらへ帰って来たばかりでもう何も分からない。

「もう嫌だ」

首を振って泣く事を続けていると首筋にひんやりとしたものを感じた。
首をゆるりと上げて周りを見回す。
ハテナを浮かべて一段大きく目線を上げると零れるかと思われる程眼を見開き今まで開けた事が無い程口をあんぐりと広げた。

「ロロロロロロッ」

ラ行のカタカナのロを連呼し続けているとその半透明は目を丸くして薄らと口角を上げる。

「楽しくなりそうだ」



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