×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

33


ローside

目の前に居て、押し倒していた筈のリーシャが消えた。
漠然とその事実が脳を巡回した途端、言いようのない空虚感が胸を襲う。
彼女のぬくもりが残る場所に拳を叩きつける。

「おれの前から居なくならないって言ったじゃねェか……!」

嘘であれば良いのに消えていく様をローは最後まで見てしまった。
人の気配がしなくなった部屋はやけに冷たくて、何と静かなのだろうか。
こんなに静かだと思ったのは初めてだ。
何故居なくなったのか。
彼女の言葉を照らし合わせるのならば異世界にある自分の居た所へ帰ってしまったのだろうか。

(お前の帰る場所は、此処だろ?)

何度も何度も消える時の様子が脳裏に浮かぶ。
彼女の隠していた事実を問いつめなければ消えなかったのかと自問自答。
自己嫌悪に陥り出した時、部屋がノックされた。

「キャプテン?進路の事で相談したいんだ」

ベポの声に何もない所から扉へ視線が移る。
部屋に入ることを許可してからベポは入ってきて首を傾げた。

「あれ?リーシャは?」

「居ない。異世界に帰っていった」

何の感情も感じないと己でも思う声にベポはピシリと固まりその瞳を揺らす。

「そっか。帰ったんだ……帰ったのか」

「そんなに驚いてねェなベポ」

「異世界の人間だったのは驚いたけど、何となくリーシャっていっつも何かを苦しそうに考えてたからな。そういう事なら、もうあんな苦しい顔はする必要がなくなったんだなって思うと……安心した」

「そう、だな、そういや、何かに苦しんでる癖して何も言わなかった。それを聞かなかった事を今、後悔してる」

ローは力の抜け切った体を横たえて浅く息を吐く。

「結局あいつの事を全部知っているつもりでも、何も知らなかった、知ろうとしなかったのは……おれだ」

苦々しく吐き出されたものにベポは俯いて首を振る。

「キャプテン。リーシャはいつも笑ってた、凄く楽しそうにな。だから、キャプテンは悲しまなくて良いんだと思う」

慰めの言葉なのだろうか。
だが、喪失感が凄まじくて余計に苦しく感じた。



リーシャが居なくなったと知った船員達はとても動揺した。
当然だろう、説明は只簡潔に「異世界に帰った」と言ったのだから。
シャチ達もバンダナも珍しく表情を無にしてそれを聞いていた。
淡々と説明したローに全員何か言いたげにしていたが、具体的な言葉は誰も言わずに聞き終えた。

「キャプテン、ご飯出来たよ」

「悪いがベポ。食欲がない」

ベポが悲しそうに顔を歪めるがそれを気にする余裕はない。
目を閉じて時計の音だけを耳に入れる。
カチコチと音が聞こえると何も考えずに済む、となれば良いのにそんなに都合良く記憶は消えない。
彼女を脳裏に描かない時はない。
どうすれば忘れられるのか。
ふと、冷蔵庫に酒があるのを思い出してふらりと立ち上がる。
カチャカチャと酒を取り出すと数が少ないと溜息を吐く。
リーシャが酒は体に良くないから程々にと少ししか入れていないから浴びるように飲むには地下の倉庫に行かなくてはいけない。
面倒だが取りに行く為に気怠い体を動かして廊下に出る。
ツカツカと静かな廊下を進むと途中で船員の一人がこちらに気付き「どこかへ?」と聞くので地下だと言うと何かを言い掛けて口を閉口。
何だと眉をしかめて見れば「いいえ」と言い淀むとローは地下への進行を始めた。
後ろからあの船員の視線を感じるが気にするものでもない。
余計な事を言われるのも今は煩わしくてたまらないので何を言われないのは良かった。
地下へ着くと酒を探し出しては抱えていく。
一つの酒を手に取ってからグビグビと飲む。
アルコールが胸に焼き付けるのを感じてとことん酔えれば微かな間に忘れられるかもしれないと脳裏を過ぎる。
歩きながら酒を流し込む。
味わおう等とは塵にも思わなかった。
こんな所を目撃されたら流石のリーシャもローに激怒するだろうか。
止める人間が居なくなった今、ローの精神は徐々に黒くなっていく。
もう二度と会えなくなるなど、考えたくない。
酒を飲んで眠れば思考は自然と何かを考えるのを放棄するだろう。
ローはそれに期待しつつも口元を自嘲させた。

(もうどうでも良い)

部屋に着くと自重せずに酒を飲む。
酔うまで、泥酔いするまで。



ソファで眠りに付いたのだと気付いたのは騒がしい音が廊下から聞こえたからだ。
こういう眠りが浅い所はどうにもならずにムシャクシャして舌打ち。
眠るのも満足に眠れやしないと悪態を付いているとドアを開いたのはベポ。
ヤケに慌てている様子で、海軍でも出たのかと聞くと首を横に振る。
何やら船が難破していたので乗っていた二人の子供を引き上げたという。
こんなときに厄介な事を持ってきた船員達に目を細める。
ベポはこちらを窺うように返事を待っているので「面倒はそっちに任せる」と放任。
その言葉にベポが目を輝かせ伝えてくると部屋を去る。
ベポもきっと彼女が居なくなって、それを必死に隠して、子供で補おうとしているのかもしれない。
ローもお酒で誤魔化して現実を逃避しているのだからベポを笑えなかった。
海賊と言っても一人の人間、精神的に参るのは全知能生物共通。
酒を浴びるように飲んでいると部屋がノックされる。
いつも定位置で聞こえる音よりも下だったような気もするが酔っている為に思考は上手く機能しないまま入るように足す。
誰が来ても何を言われても咎められても聞くつもりは無いと意固地になりローは慣れた手付きで喉に熱いアルコールを流し込む。

「こんにちは」

幼い声音に眉をしか めると後ろを向く。
そこには黒い髪をした女の子供が居たので引き上げたという例の奴かと思い出す。
此処を船長室と知っていて来たのか、それとも迷ったのか。
疑問を問う為に口を開く。

「おれを船長と知っての訪問か」

「はい!お礼を一言言いたくて。皆さん今は入らない方が言いと言ってたんですけど、どうしてもありがとうを伝えたくて」

「へェ。躾が届いてるんだな」

嫌味で返したのが通じないのか子供はえへへ、と笑うとローへ投げかけた。

「はい。親の教育の賜物たまもの です。トラファルガーさんで合ってますよね?」

子供にしては随分と丁寧な物腰で物怖じしていない様子。
それは今のローにとって煩わしく今直ぐにでも出ていってもらいたかった。
舌打ちしてからもう用事は済んだだろうと部屋から出ていくように述べる。
少しくらい粘るかと思えばあっさり出ていくので本当に躾が行き届いているなと不気味なくらいだと思う。
普通海賊船だと知ると尚更怖がる筈の年齢なのに全くそんな素振りはない。
ローは考えるのが面倒になって酒を煽る事に集中した。


次に目が覚めた時、視界に写るのがリーシャだと良いのにと思った。
だから、夢の中で彼女を見た時、覚めなくて良いとすら口にした途端頬を打たれたのは流石に驚く。
こんなに痛いのに夢だなんて残酷だと自嘲しているとリーシャは此処ここ は夢じゃないと言う。
それこそ夢の戯れ言ざれごと だと笑う。
ローの都合の良い事ばかり、尽くことごとく ご都合主義。
しかし、彼女の次の言葉で違うのかもしれないと思ったローは起きたらきっとリーシャが居ない現実に絶望するのだろう。

「ローくん。此処はね、私の父の家で、私の部屋。そして良く聞いて……今のローくんは……半透明でまるで幽霊みたいに見えてるんだよ」



prev | next