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35


退院したのは一週間もしない間だった。
恐らく父が手を回したのだろうと思う。
そんな無駄な真似をしても人の戸にも何たらである。
看護士や患者が噂をするだけで尾ひれハヒレなのだから。
それにしてももっと重大な事があるので他の事など気にしていられない。
そして、退院した後は何年も使っていなかった時間の止まったままだった自室にて療養している。
使用人も流石に様変わりしているが今まで寝て起きなかった娘が部屋を使い出して騒がしい。
どうやらニュースでも取り上げられているらしいく、自分の事が取り上げられている。
それを見つつ傍等に浮遊する少し間を置いた問題に声を掛けた。

「ローくん」

「ん?」

まるで本人は己の状態を知らぬ顔で聞いてきて頭がチクリと痛くなる。
恐らく向こうで何か起こったのだ。
嫌な想像をしてしまい顔が青くなるが、聞かずにはいられぬ。

「ねぇ、ロー君、何があったの?もしかして、大怪我でもしてしまったの?」

彼はその問いに顎に手をやり考え込む。

「こうなる前の理由は分からねぇが、特に何か異変はなかった筈だ。普通に自室で寝たしな」

「そう、なの」

到底納得出来ない。
けれど、ローに心当たりがないのなら、分からないままだろう。
しかし、こういう透明な状態はこの世界でも良くないと感じる。
今のローは肉体を持っていない。
それを考えるに今の状態は向こう側のローにとっても不利益になるだろう。
それくらいは理解出来る。

「あのね、今のロー君の状態は小説とか映画なら、あまり良くないの」

「えいが?小説は、アレの事だよな?」

映画は分からなかったらしいが、小説は通じた。
本棚にある小説の方を指で指す。
それに頷くと彼はふむ、とまた思考に填まる。

「心理学的要因ではなく、悪魔の実とも考えられる」

えっ?と口から溢れる間にも、彼は次へと考察を述べていく。
この世界にまでファンタジーを持ってくるなんて、と言いかけたが、そういえば今のローはまさに非科学的だった。
原作でローが出ているのかも不明で、この、今が正しいことかは判断出来ない。
でも、ローには船員達という仲間が待っているのだから。
今すぐ帰れと諭してもきっと拒否するので様子見だ。
――二ヶ月後。
リハビリのお陰でスムーズになってきた足腰。
相変わらず浮遊霊のローが居続けている。
リーシャの傍から離れることはあるが、遠くには行けないようだった。
この家くらいは行けるらしい。
それと、リーシャの居る所からも数メートル程。
ローがあまりにこっちに居すぎて向こうに帰れなくなったらどうしようという不安を常に抱えていた。
でも、ローの事は気掛かりだったけれど、他の事も気掛かりだった。
お墓参り、母の所へ向かう。
車で墓の前へ送ってもらう。
父に報告されたって構わない。
寧ろ、報告されて見せつけてやればいい。
そうして、苦い思いをすればいいのだ。
お墓の前に来ると手入れはされているが、何も添えられていない所に花をソッと添える。
心の中で異世界に渡った所から報告していく。
ローや皆はリーシャを大人しくて平凡な女性と思っている。
しかし、リーシャは子供の頃から本質は殆ど変わっていないのを知っていた。
子供の頃は時々父の金目当てに誘拐された事があって、その度に泣かず、脅しに屈せず、冷静に捕らわれていた。
泣こうが喚こうが結果は変わらないと悟っていた。
父の体面はいつも同じ。
対面を気にして払うが、リーシャに気を遣うとか、優しく声をかける真似などされなかった。
他の子供達にも同じ態度だったので、性格は悪化しなかったのは幸いであったのだろう。

「私は良い子になれなかったよ、お母さん」

死ぬ前に母は頭を撫でてくれて恨んではダメよと言った。
しかし、約束は出来なかった。
だって、出来る訳がなかったのだから。
良い子でいられたのはローが居たから、ローが支えてくれて、支えなくちゃと思えたから。
でも、そんなのはやはり根っからの良い子でないのだから、中途半端に投げてしまった。

「あいつなんて、あいつなんて、いなくなれば良いのよ」

憎い男に向けて呪詛に変わりそうな程低く唱えた。

「本心はそうだったのか」

ハッとなり冷や汗をかいて後ろを向くとローが真剣な顔でこちらを見ていた。
油断していた、そこら辺でフラフラしていると思っていたから。
気まずくて俯き唇を噛む。

「初めてだな。激情を晒したのは」

「やだな。こんなの見られたくないのに」

ローには見られたくなかった。
向こうの世界なら自制出来たのに、この世界にきて多少緩んでしまったようだ。

「いや、おれは不謹慎だが、そんなところを見られてかなり嬉しい」

ふふ、と笑う。

「気を使ってくれなくても良いよ。だって、こんなのみっともないもの」

「それこそ可笑しい。お前の恨みを聞いたところでどうこう思う程とは感じない。醜いとは思えん」

「それは、その、新鮮なんだよきっと」

暴言など吐いた事などあまりない。
思えば綺麗事ばかり口にしていた。
自分は決して行動しないのに、ありもしない根拠を言っては周りに押し付けていたのだろう。

「ローくん。私は優柔不断でワガママなの、本当は」

雪山に行ったのは父に思い知らせる為。
お前の手が届かない所に居るのだと優越感に浸る為に。
そこで異世界へ落ちたのは運命だ。

「貴方の人生を変えてしまってごめんね」

「おれは好きに生きてる。変えるなんて出来ねェ」

「幼少期には少なくとも影響したと思う」

今更になって反省するのは図々しい。

「ふざけるな」

ローが眉を寄せた。



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