13
残っている彼の面影に人知れず安堵するとゆっくり近づいて側にあった椅子へ寄る。
座ってもいいかと確認を取ると頷くのが見えてそこへ腰を下ろす。
「あ、もしよろしければ………そこの林檎を剥きましょうか?」
何となく、何を会話すればいいのかわからなくて視界に写った食べ物を示すとローはこくんと首を気だるげに縦に振る。
動揺を悟られないようにひたすら剥くことに集中力を集めて皮を剥く。
そういえば、自信もロー達に記憶喪失だと偽っていた。
それを思い出し、記憶喪失の不安定さを初めて思い知る。
自分の場合はローに出会う前の記憶を無くしているという状態だが、彼の場合リーシャも含めて全ての記憶を失っているのだ。
こちらはたくさん色んな事を知っているのに、相手は少しも覚えていないという事実は胸が締め付けられて不安に押し潰されそうになる。
「おい」
「え?…………あ、ご、ごめんなさいっ。すぐ剥きますね………!」
いつの間にか考えに気を取られて林檎を動かす手を止めてしまっていたらしい。
誤魔化すように作業をいそいそと再開する。
不意にローの手がこちらに伸びるのが見えて反射的に上を向く。
その瞬間、指先が目の下を掠めて頬をスルリと撫でられた。
「髪の毛がかかってたもんでな」
その動作に唖然としていると気まずげにそう言った男。
ハッと思考が動き出し、慌ててすいません、ありがとうございましたと礼を口にする。
払ってくれただけなのに、優しげに触れてきた男は、幼馴染みとしてではなく一人の異性として意識してしまったことに内心心臓を轟かせていた。
「む、剥けましたよっ。どうぞ!」
いけないと不埒な思考を振り払いサッと切り分けた林檎にフォークを刺して彼へと渡す。
「ああ」
そう言うと記憶を失ったローはリーシャの手ごと褐色の手で覆いそのままパクリと頬張る。
まさか持ったまま持たれるとは思わなかった男の行動に喉がふるりと揺れた。
ヒュッと息を呑む。
「上手いな」
「あ、えと、よ、良かったです。きっと誰かが買ってきたのが運良く運ばれたのかもしれませんね」
ふわっと目元を細めて笑うと相手の顔が驚きに見開くのが分かり、はて、と首を傾げる。
どうかしましたかと尋ねるとローは口元を引き結び眉間に皺を寄せた。
「お前の事を知ってるような、そんな気がする………」
「!………ほ、本当ですか!?」
「気がするだけだが」
目を輝かせて聞くと困ったように繰り返す。
「………あまり焦らないで下さいね。こう言っても慰めになるかは分からないですけど、実は私も記憶を失っている身なんです」
そう言うとローはそうなのか、と意外だと言いたげに首を傾げる。
「私の場合………ローくん、あ、すいません………名前で呼んでしまって。私の場合は小さい頃なので、貴方と出会う前の話なんですけど」
「いや、別に名前で構わねェ。おれに出会う前の話なのか………じゃあ、お前はおれの何だ」
そう聞かれ、え?と聞き返す。
彼は答えず、こちらの返事を待っている。
困った質問に、どう答えようかと考えを巡らせた。
「貴方は………私の………」
答えようとして、目上が陰るのを感じなんとなしに上を見上げると座高も高いローの顔がおでこ辺りにあった。
こっちを意味深げに見るローにどうしたんですか?と聞くと彼は瞳を揺らす。
「やっぱり、答えるな」
「え、でも」
もしかしたら、家族という言葉で過去を思い出すかもしれないのに。
そう提案しようと口を開くと相手の指先が頬を擦るのを感じ目をしばたかせる。
何度も撫でてはくすぐったさに身を捩った。
「はァ………くそっ」
小さく吐き出された呟きが耳に最後まで届く前に熱い吐息がぶつかる。
「…………!!?」
何をされているのかを理解する前に思考が完全に停止する。
なぜなら、
なぜなら、
ローにキスをされたから。
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