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03


「ただ、私は………この世界に居続けたくなかっただけだ」

リーシャの頬に手を宛がい落ち着かせるように撫でるビアンにじわりと目が熱くなる。

「だが、貴女が話を………してくれたから、まだこの世界に、貴女のような人が………いる世界は………まだいいものだと、思えた………」

絶望したと口にした彼は希望を異世界の話から見出だしたのだろうか。
呼吸すら困難な痛みが襲う中、ビアンは浸る様に静かに口にした。

「あぁ………やっと彼女に会える」

彼は最後に微笑みリーシャが泣いた涙の後をスッとなぞるように指を沿え、目を閉じる。
重量を無くした腕は息を引き取った彼の命と共に床へ落ちた。

「っ………あ、ああ………やぁ!!」

悲鳴と悲しみが交ざり心に焼き付いていく。
教団と対峙していたロー達が名前を呼ぶが耳に入らず聞こえない。
全ての音が消え失せてビアンの安らかな顔しか写らなくなる。
どうして彼が死ななければいけないのか。
ビアンは言っていた、ビジネスはあくまでも貴族になった時に付いてきた余りものだと。
欲しくはなかったが天竜人に報いを受けさせる時があるかもしれないと根を張るには好都合なだけだったらしい。
女性を攫う真似をしたのはリーシャだけを狙えば海軍に勘繰られる可能性が高いからだという根回しも彼はちゃんと考慮していてくれたのだ。
世界を見放したのにこうして一人の人間にも気遣いをした男が死んでいい筈がない。
天竜人に復讐するため成り上がったが結局はスタートラインに立っただけだと語ったビアンの気持ちは計り知れないだろう。

「リーシャ!」

再び意識を削がれたのはローの声だった。
いつもだ、いつも彼の声がリーシャを救う。
ビアンを一度見てゆっくりと立ち上がる。

「邪魔をするなトラファルガー・ロー」

「こっちの台詞だ。気味悪ィ格好しやがって」

かなり跡付けの文句に彼らしいと思いながら深呼吸を繰り返し教団の人間がいる間を一思いに走り抜ける。
驚きと呆気に取られている声が聞こえたが今見えているのはハートの一味だけ。
彼等と共に自分は進むことを選んだ。

「お待ちくだされ君子!」

君子、と呼ばれたが自分は――。




「私は、ハートの海賊団のリーシャです。貴方方の言う君子ではありません」

ローの前まで行けば教団に向かって答えた。
その言葉にハートの面々は口笛を吹いたり生やしたてたりと士気が上がる。
ローも前に出てニヤリと笑い相手を挑発した。
ビアンを殺した人間を相手にするのは正直とても怖い。
けれど、世界を欲し異世界の人間である自分を狙う以上はこの教団には怯みたくないと思った。
ただ、ロー達はリーシャが何故攫われたのかさえ知らない、知られたくない。

「ここは一旦引きますよ」

教団の男達は互いに頷き合うと煙幕を巻いた。
突然だが既に体験済みだったが為ハートの海賊団の行動は早い。
しかし、なぜか誰一人捕まえる事が出来ずに忽然と全員の姿が消えていた。
追うかと言うバンダナにローは首を振り必要ないと刀を肩に担ぐ。
そして、リーシャの手を取り強く握る。
離れていた不安が取り払われ温かい温もりを感じた。
ビアンを一度振り返り、歩き出したローに習いゆっくりと顔を前に向ける。
彼はこちらを見ていたようで目が合うと「いいのか」と問うてきた。
首を振り良いのだと伝えればローは心得たように扉へ向かう。

(どうかビアンさんが愛する人と幸せになれますように………)

天上へと祈った。










翌日の新聞でビアンの死去の記事や煙の祭の混乱についての内容が書かれていた。
誰が言ったのかは分からないが「ビアン氏は騙され外部の人間に殺された模様」と色々事実と噛み合わない事も述べられていて、これはやはりあの教団が理由かと感じる。
貴族が謎の教団と関わりがあるという事実は誰かにとって不都合なのだろう。
納得がいかないが、ビアンの葬式が丁寧に行われたという記事もあったのでまだマシに思えた。
海の風が髪を揺らし、不意にビアンとの会話を思い出す。

『ビアンさんは私の居た世界に行きたくないのですか?』

この世界が嫌ならと問い掛けると彼は、

『確かに考えた。たが、彼女の居ない世界では結局………何の意味もない。彼女がいる世界だったからこそ好きになった』

『……………!!』

リーシャはローや仲間を思い出しながらも母の事も脳裏に浮かび、母が居たから世界に居たいと思えた。
母が居なくなった世界はまるで枯れた色をした世界に見え、ローがいるからこの世界にいる意味がある。

(母がいない元の世界である向こう側に戻る理由は?)

また葛藤に胸が焼ける感覚に陥った。



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