耳の少し上からローの懇願する声に心臓が音を立てて太鼓の様に鳴り響く。
「騙したのは、本当で、嘘をつかせたのも俺だ」
「なんで、なんで、私を騙したの?何かローさんに恨まれるような事した?」
「違う。お前は何も悪くねェ。俺の勝手な我が儘でお前に近付いた」
「我が儘?」
「ああ。騙したのは本当だ。でも、キスはしたくてした。遊びなんかじゃねェんだ……そこに嘘はない。本当だ。唯一それだけは……言う義理はないが、信じてくれ……!」
キスは遊びじゃない。
その言葉に嘘偽りはない。
リーシャは一瞬歓喜しそうになるが、肝心な事を知らないから到底信じ切れなかった。
「っ……真実?……私に、何で近付いたの?」
それが今回の謎だ。
キスは本当、でも詐欺師に騙されたとシャチが言ってきた事は一見何の関係もなさそうに見える。
「笑うかもしんねェが、一目惚れした」
「……………………へ?ひ、ひ?」
身構えていたのに、全く予想と違う事実に唖然となる。
ローを見る為に見上げると目が合って、相手は気まず気に逸らす。
でも、真っ赤な耳と目元は隠す事は出来なかった様で、それが本当だと物語っていた。
「う、嘘、だよね?会った事無いでしょ、だって」
「会った事は無いが間接的に俺は会ってる」
彼の言い分によれば、シャチとどこかの店であっている時にローがたまたまシャチを見つけて店越しに声を掛けようとしたところ、話している相手であるリーシャを見たという事らしい。
信じられない心地で聞いているとローが直ぐさまシャチに連絡を取り、リーシャの事を聞いたのだと言う。
「お前の性格がドライだから付き合えるとか、難しいだろうってシャチが言ったんだ。それなら、インパクトが大きいなら、その反動で異性として見られるかもしれない、と俺の中で賭をした」
「じゃあ、私に変な真似をさせたのは……インパクトを与える為……」
「本当に悪かった。今回の責任は全部俺にある」
そう口にして彼に思い切り抱きしめられた。
温かい温度と冷えた手先と首筋に、三時間もここに居たのだと知る。
そこまでして弁解と、誤解を解こうとしてくれた誠意に頭がグルグルと回った。
どうすればいいんだろう。
彼は好意からリーシャを騙し、告白をし、賭をしたと、自分の考えていた最悪の賭とは全くかけ離れた話しに目をギュッと閉じた。
「俺を嫌いになってもいい、恨んでも、恨まれても仕方ねェ。だから、シャチだけは許してやってくれ……あいつは俺の我が儘につき合わされただけだ」
(シャチは、ローさんって慕ってたような呼び方してた……本当に慕ってるんだ)
シャチには途中からどこか可笑しいと違和感を感じていたが、そういう事だったのかとあの様子に納得する。
そして、全貌を全て知り、リーシャは苦笑いをして白い息を吐いた。
「ローさんは、大馬鹿者です」
「ああ」
「でも、そんな大馬鹿者を好きになりかけている私も……大馬鹿者ですよ」
ローに向かって軽く笑みを浮かべ、クスッと笑う。
彼の息を呑む音が聞こえてゆっくりと抱擁が解かれていく。
リーシャは微笑んでローを見上げると彼は目を見開いていて、目だけで本当かと確かめてくる。
「ローさんの賭、まだ決めるのは早いですよ」
付け足せば、一本取られたなと嬉しそうに笑う男がもう一度キスをしても良いかと聞いてくるので静かに目を閉じた。
羽を広げて共にワルツを踊りましょう
どうやら住所も電話番号も変えなくて済みそうです。