ペンギンがそろそろ食堂へ行こうと言うので周りにいた船員達はぞろぞろと移動した。
まだ洗濯の途中だったリーシャは残りを干してしまおうと早く動く。
いつの間にか傍にある木箱に座っていたローに見られていると分かっていたが、存在を無いものにして手を動かした。
彼はよく自分の居る所に神出鬼没のようにいつの間にか居る。
特に何もしていない時でも、自室以外の場所には必ず愛刀と共に目が届く所でこちらを見ていた。
「………ふぅ」
自分の洗濯が終わり息をつくと食堂へ行こうと扉に向かう。
ローも立ち上がり後を追うように来るが一言も互いに喋らない。
「………なんですか?」
突然前に先回りして目上から見下してくる男にイライラしながらも退いてもらえる気配が無かったので溜め息を喉に押し込め尋ねる。
「ハンドクリームだ。塗れ」
「私に命令しないでください。お断りします」
ズバリと言い抜けばローは無表情で、それに構わず横を通り抜ける。
すると手首を掴まれ反射的に叫ぶ。
「っ!離して!触るなっ」
「………………これ、塗っとけ」
そう言って彼はハンドクリームの容器を押し付けると食堂の道へ歩いていった。
その姿を睨み付け、ハンドクリームを自室に寄り机の上に放置する。
確かに手荒れが悩みだったが、かといってあんな男から貰った物など使うわけがない。
ハンドクリームにまで憎悪を抱く自分に少し呆れたが、頭からあの隈の男の顔を忘れようと自室を後にした。
食堂に着くと相変わらず賑やかな声が聞こえ、それを背にコックの元へ向かうと彼はニカリと人の良い笑みを浮かべる。
「お疲れさん。今日はリーシャの好きなもんだぞ!」
「?、私に好きな食べ物なんてないですよ?」
「またまた、実は気付いてねェのかもなァ」
差し出されたトレーの中には主食とデザートの蜜柑があったのでもしかして蜜柑の事かと言うと、彼は勢い良く頷き自分でも知らなかった事を知った。
前の世界では普通にあった蜜柑が今は故郷の食べ物になりつつあるからかもしれないと自己完結。
そう考えながら、適当に空いている席に座ると両端にベポとシャチが座った。
何だか嫌な予感がして、違う席に座ろうとすると二人に肩を逃げられない力で押さえられ、渋々留まる事にする。
内心ローの事でも言われるのかと予想し、奇しくもその考えは当たった。
「なァなァ!船長と何か話したか?」
「特に。私から喋るわけないじゃないですか」
「うぐっ、そうでした」
「シャチが押されてどうすんだよ」
「ベポさん。またトラファルガー・ローさんの自慢でも話しに来ましたか?」
「え、えっと」
どもる二人にやっぱりか、とスプーンを掴んでスープを飲み始める。
大体二ヶ月程くらい前だったか、彼らがリーシャにローの良いところを言い聞かせるようになったのは。
恐らく何か企んでいるか、それともローを嫌っている事が我慢出来なかったのか。
どちらにせよ、とてつもなく迷惑だ。
そんな事を思うが、関係なく話題を進める。
「船長ってさカッコいいよなー!」
「ワンピースを手に入れるのは絶対キャプテンだな」
ワンピースという言葉に反応し顔を上げて口を開くと二人は何だと目を輝かせて迫ってくる。
「前々から疑問だったんですけど、ワンピースって何ですか?」
「「へ?……………えええええ!!?」」
その近所迷惑並みの大音量に周りで食事をしていた全員が何事だと動きを止めこちらを見てくる。
大袈裟な反応に怪訝になると、シャチが確かめてきた。
「ワンピースお前知らねーのか!?」
「ワンピースだぞ、あの一つなぎの大秘宝の!」
「知らない、ですけど」
それが何なのかさっぱり分からないのでもう一度言うと、今度は船員全員が先程よりも大声で叫ぶ。
煩くて仕方なかったが、そこまで知らなければマズいものならば言わなければ良かったと後悔する。
後味が悪くてもそもそと食事をしていると後でガタリと誰かが席を立つ音がした。
何気に振り返るとローだったので前を向いてご飯を食べる。
「せ、船長………」
シャチの恐々とした声と真正面の椅子が動く音でローが座ったのだと分かりスルーした。
何もなかったかのように接しているとコーヒーを片手に持つ男が話しかけてきたので眉間に皺が寄る。
「知らないのか」
無視。
「箱入り娘なのか」
無視。
全てにおいて口を閉じ続けていれば船員達の緊張した声が聞こえる。
あの船長に、と言われるがそんな事は、知った事ではない。
誰であろうがなんであろうが、自分に危害を加えた男である事には変わりないのだから。
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