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自殺未遂事件から一週間が経過してもやはりローの態度は変わらず、どこか一線を引いたようなもので怪訝に見続けるしか出来なかった。
変わった事と言えば鎖が無くなり自由に船内を歩けるようになった事やあの心臓苛めも無くなった事か。
それだけでもずっと精神的に縛りがなくなり、開放的な気分で満たされた。
でも、譲れないこともある。

「どうして心臓を返してくれないんですか」

「……………………」

その質問をすると彼は黙り込む。
毎回同じ会話を繰り返し辟易としていた。
もう返してもらえる見込みがないのなら、自分で見つけ出すしかない。
溜め息を吐いて部屋を出て行こうと立ち上がると手首を掴まれた。
ビクリと反応してしまうのは今まで受けた事がトラウマになっているからだろうか。
内心彼の行動に怯えていると、ローはジッと見つめ「どこに行く」と述べた。
心臓を探しに行くとも言えず口から嘘を吐く。

「ココアでも、飲みに行こうと」

数日前に狭い空間から出たはいいが精神的ストレスのせいで食べ物を受け付けずに最悪な思いをして以来、この船のコックを名乗る人にせめて飲み物は定期的に飲んで欲しいと頼みに頼み倒され仕方なく頷いたのだ。
この船の物なんて口にしたくもなかったが所詮は自分も人間だから空腹になる。
じゃあローが居なければ大丈夫かもと考え、それは確かに証明された。

「手を離してください」

「あ、あァ」

掴まれた手が離されるとサッと部屋を去る。
この部屋にも一分一秒でも居たくなかったが心臓を取り返す為。
早くこんな船から降りたい。
苛立つ感情を醸し出しながら食堂に行くと数人だけ船員が居た。
自由になってからこの船の人間はリーシャを腫れ物でも扱うように接してくるが、今の今まで放置していた恨みは忘れない。
皆敵だ。
あの男が船長なのだからその船員は全員彼の手先ということ。
入ってきたのが自分だと分かると途端に笑みを浮かべ、自責の念や罪悪感が丸分かり。
キッと力の限り睨み付けたのは最初だけで今は目だけで怒りを露にする。

「コックさん」

「お、来たか!」

「こんな所で飢え死にしたくありませんから」

沸々と湧く憤りに皮肉を乗せるとコックは苦笑してココアを出す。
もう絶対に許さない。
警察に情報を洩らしてやるとカップのソーサーを強く握る。
そしてこの場所ではない所で自由に暮らせればもう何も望まない。
平和なのは好きだし争いは嫌いだ。
けれどあの経験をしてしまえば多少なりとも自分という人格も変わる。
現に睨むという行為や憎しみで頭がいっぱいな己が存在しているのだから。
もしかしたらあのローの憎さで犯罪に手を染めてしまえるかも。
そこまで考えて自分を怖く思った。
変わってしまった事や案外手を染めても構わないと思ったことを。
馬鹿な思考に身体が震え、廊下の隅でココアの容器を置き、自身を守るように両手で抱き締めた。

「おい、どうした」

「!、何でもないから、こっちに来ないでっ」

ローが立っていて恐怖に蒼白になる。
来ないでと言ったのに近付いてくる男に身体の中で燻っていた熱が爆発。

「来るなあああああ!!!」

叫ぶと男は目を見開いて驚いたように止まる。

「もう心臓は返さなくていいから、ここから出して!!」

「海の上だ」

「海の中でも構わないっ!!」

リーシャの血迷った台詞にぞろぞろと船員達が何事かと出てくる。
そんな事はどうでも良くて、ただ空間から離れたくて、一目散に外へ続く扉に向かう。
するとベポと名乗った記憶のある彼が追ってきた。
そこは開かない、今は潜水中だから、と口に出すがそんな嘘には騙されない。
無我夢中で扉をガチャガチャと開こうとすれば白いふわふわとした手が止めさせようと邪魔をする。
後から思えばそれは邪魔をしたのではなく、落ち着かせようとしていたのだが、この時は塵にも考えられなかった。

「キャプテン!」

「!………鎮静剤を持ってこい!」

「は、はい!」

ローの声が船に浸透すると船員達は慌ただしく走り出す。
そんな出来事も気付かなくて、一種のパニック状態になっていたリーシャは、白熊の手とは違う刺青の入った指の関節が視界の端に写ると、直ぐにローのものだと認識し、更に錯乱しその浅黒い手首に思いっきり噛み付く。

「う"………!」

「あ、キャプテン!?」

「っ、平気だ」


その声と鎮静剤を持ってきた、という船員の声を最後にリーシャの記憶は途切れた。


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