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息を殺していると微かにおっさんが身じろいだような音と共にカチリとした音が聞こえる。
なんだろう、この音は。
と、思っていると炎が付く。

「ふーん。少しは暗闇で動けるようだな」

声の聞こえた方に目を向けると目の瞳孔の関係でボヤけていた物がしっかりと視えるようになってきた。
そこに居たのはツナギを着た男。
周りを見ると地面に伏してる男達が居て、入れ替わる様にツナギの集団が円になるように囲んでいる。
その横を見ても陣形を組んでいるように見える。
しかし、しかしだ。
頭に感じる無機質な感覚はきっと味方のものなのではないと本能が忠告してくる。

「う、動くな!海賊風情が!」

「海軍の癖に人身売買とか只の女に拳銃向けるあんたにだけは言われたくないっつーのー」

緊張感を持ってくれないかと言いたくなる。
職務怠慢にも程がある。
海賊に職務という固い言い方は合わないが。
緊張で鳥肌が立って心無しか震えだしている身体に叱責。
何を怖がっているのだ。
此処は敵と味方の割合を考えれば心強いだろうと言い聞かす。

(やだなこの人、震えてる!)

この男は果敢なのではなくて怖いのだ。
今、この男を支配しているのはきっと恐怖と不安なのだ。
だとしたら、こちらの危機である。
コツリと音がして目を目前に向けると黒い靴が見えてそこから上を見ていく。
顎鬚まで辿り着いた時には口元が固く引き結ばれていて機嫌は宜しくなさそうだ。
彼はこちらを一瞥する事はなく男をずっと睨むように見ている。
怒っているのか見ているのか。
判断出来ない。
余裕ぶっていないでとっとと助けて欲しい。
発端はこちらだが、人質にされたのは完璧にロー達の責任であるのだから。

「動くな。この女を殺すぞ!」

(じゃあなんで私に銃口を向けてるの?)

男はリーシャを仲間だとは知らない。
きっと動揺していて判断を間違えているのかもしれない。
カタカタと震えているのに強気なのは怯えている裏返し。
ローはやっと口を開き「要求は?」と直球に聞く。
その問いに男はビクッとして上擦った声音で要求とやらを述べる。

「お、おれの為に働けっ。武器を集めておれの元に持ってくる。それと、」

「つまりはお前の操り人形になれと?」

話しを遮ったからかいきなりガッと髪をわし掴まれて、痛みに涙が湧いてくる。
痛い、とつい声にしてしまうくらいには激痛。
ブチッと髪の毛が抜ける感覚に事が全て終わったらお前の頭の毛を全部抜いて引っ叩いてやる、と誓った。
そんな事よりも命なんて省(かえり)みずに抵抗する方が良いかもしれない。
だって頭皮が冗談抜きで痛い。
これを我慢出来る程痛みに慣れていないし。
男には何の秘策も無いのかひたすらにローへ降参しろと言う。
脂汗の量が尋常では無い。
じとりした熱気がこちらにも漂ってくる。
ローはこちらの様子を見て更に口元を上げていく。
段々彼の雰囲気が悪くなっていき、周りの船員達の様子も怒りに支配されていくのを感じる。
ローが傀儡(くぐつ)にされるのが船員達の琴線に触れているのが目に見えて解った。
男も馬鹿だ。
このままリーシャという手札を開放した途端、ローがやらなくても船員達がどこかの暗がりで闇討ちされるのが関の山。
リーシャの今の姿は普通の服装でありながら所々が連れ回さわれたせいでドロドロだ。
こいつが捕まったら泥沼に頭を突っ込んて猿轡(さるぐつわ)を噛ませて上に釣り上げてムチで千回程打ちたい。
悲鳴をBGMにして録音して毎日の時計のアラームになるど思う。
それ程許し難い行為をこの男はやったのだ。
憎悪がムクムクと湧いてくる。
ローにかつて抱いていた憎しみが余すこと無くジロリと睨む。
すると、ローはいきなり声を上げて笑いながら遠くなる。
犯人に対して睨んだのにいきなりローが笑みを浮かべて声を上げたのか分からない。

「うふふぅん。此処に居る女子はあ、一人じゃないのよぉ?」

トリックオアトリック。
美しい声音で紡がれた音は男の手首に変化をもたらした。

「っ!銃が!う、うわあ〜!」

銃が石化して男の手首に蔓(つる)のような物が巻付いた。
ローが離れたのは巻き添えにならない為にという策であったらしい。
男が半狂乱で手を必死に揺さぶり蔓を毟り取ろうとするので男の手から髪の毛の圧迫感と激痛から解放される。
ふうふうと猫が興奮するかのように息をするリーシャは心臓が激しく波打っている中、目の端に映る火をかく棒が見えた。
それを手に取りユラリとクソ海兵野郎の背後に這い寄る。
思いっきり振り被ってブォンと音を立てて男の腹に決め込む。
人の急所である所だから男は痛みにのた打ち回っている。

「うぐおあ……うええ!」

嗚咽に苦しみが手に取るように分かる。
少しスッキリした。
うん、これで少しは弱者から脱却出来たかも。
リーシャの正義の鉄槌に船員達は感嘆の声を上げて賛同に包まれる。
彼等が無法者だから褒められて盛り上がるのだろう。
今はその反応が気持ち的に助かっている。
人を殴り付けたのは気持ち的にくるので相手が悪いと気持ちを込めて何度も繰り返す。
相手が拳銃で脅したし髪を引っ張られて痛かったし、何よりこいつは人身売買をしているというお役人として最悪な人種だ。
彼に従う部下も部下だ。
全員地獄に落ちろって感じである。
男がのたうち回っているのを見てもう一発叩き込みたくなる。
火かき棒を振り上げて振ろうとした時、棒が引っ掛かり火かき棒を見上げた。
ローが目の前に居て火かき棒を掴んでいたので道理で動かなくなったのだと理解する。
グイグイグイグイグイグイグイグイグイグイグイグイグイグイグイ。
何度動かしても全く離さない。
ローはこちらをずっと見ていて微動だにしない。
何故やり返させてくれないのかと目で問い掛けるけれど、何も言わない男に痺れを切らす。

「離して。あんたのせいで攫われたし、人質になるし。どうしてくれんの?人生台無し」

暗にお前のせいで巻き込まれてるんだと言うとローは取り敢えずこれを離せと言う。
何故その言葉に従わなければいけないのだと睨みつける。
もっと傷めつけなければ気が済まない。
ローが面倒な立場じゃなかったらこんな事にならなかったのに。
ローに文句と苦情を言うと彼は悪かったと一言。
そんな事を言わせる為に言ったのではないと言い募る。
只この男に復讐させろと言いたいだけだ。
そう口に出すと彼は「お前のやる事じゃない」と言われてそれこそローに言われて止めるものではない。
ローにはやる権利はなく、こちらにはやられた分だけやる権利が発生している。
ローに止める権利は無いと思うけどと言うと相手は首を横に振る。
ロー曰く「後は海軍の仕事だ」らしい。
が、海軍が海軍にしっかり逮捕をかけてくれるのか信用出来ない。

「そうだな。そこら辺に居る海兵ならそんな悲惨な結果になるが………忘れてねェか?おれも海軍の組織の枠組みだ」

ニヤリと笑う男に船員達が格好いいと盛り上がる。
その空気に失笑を禁じ得ない。
ローはローでドヤ顔をしている。
どうでも良いが好い加減殴らせてもらえないかと目を細めるとクローウィを見た。
呻いている男を指先で突いていたのでそれに参加したい衝動に駆られる。
男を見てロー達を無視しているとローが手首を掴んできたので振り返って離せと述べたが全く離す様子は無い。
そのままグイグイグイと歩き出したローに引っ張られて外へ連れ出される。
火かき棒は途中で船員達に回収されて無くなっていた。
これでやり返せる宛てが無くなった。
残念に感じていると死角に入った二人は向き合う。
誰にも見えない場所に来るなんてローの頭の中は思春期なのかもしれない。
本人に知れたら怒気の瞳で責められるだろう事を考えている。
しかし、ローはこちらを見るばかりで何も話さない。
こちらから何かを話す気もないのでお互い静かに時間を経過させていた。
焦れったくなったのかは知らないが、ローが口を先に開き「何かされたか」と聞かれてそんなの察しろよと思わないでもない。
頭を引っ張られた他に引き摺られたし、変な建物に詰め込まれたしで不運をローに言った。
これもそれもローが船を隠す事をしないから面倒に巻き込まれたのだとクレームをついでに追加する。
彼は刀を担ぎ直すとリーシャに目をやり連れて行きたい場所があると言われたので機嫌が良いとは言えないが、そんなにこんな時に連れて行きたい場所があると宣うのなら連れて行ってもらおうではないか、と息巻くリーシャ。
てくてくてくてくてくてくてくてくてくてくとついて行くと森に入りまたてくてくてくてくてくてくと歩いていく。
そしてまたてくてくてくてくてくてくてくてくと進んでいくと泉が見えてきた。
何が見られるのだろうと首を傾げているとローが唇に手を当ててシーッと静かにするように仕草をしてくる。
何なんだと不貞腐れるとやがて視界に小さな点が見えて見間違えかと目を眇めるとポゥ、と光が灯っているのが見えた。
最初は何か分からなかったがそこから光の点が点々とついていきそれがホタルであると分かるまで時間が掛かってしまう。
ホタルと言えば緑系統の色だという知識の常識とは違ってそのホタルは金色の光を放っていたのだ。
やがてホタルは飛び出して空へ浮上する。
辺り一面に光が広がり幻想な演出にボーッとしているとローが話しかけてきた。

「これはカグヤホタル。この時期にしか見られないんだそうだ」

「……やり方がキザってますね」

思った事をストレートに述べるとローは腰を引き寄せてきて耳元で「キザっていうのは計算尽くされたものだ。これは違う」とやっている事と言っている事がちぐはぐなのはどうなのだろう。

「世の中にはこれよりも凄い物がある。引きこもるのは勿体ない……だろ?」

囁かれた内容に次は驚かされ、リーシャはローを見上げた。
そこには優しさに満ちた笑みを浮かべた男が居て頬が熱くなる。
この男は最初は閉じ込めたのに今は出す事に執着しているという。
なんと可笑しな行動と心理なのだろうか。
呆れても可笑しくないのにローに胸を焦がしてしまっている自分に辟易。
しかし、世界から切り離されたのならばもう好きに生きても良いのではないのか。
分かっていた、心のどこかで。
きっとこの世界を夢だと認識したまま生きれば、その人生はもう何もないまま終わると。
現実を受け入れる前に発狂していたと思う。
クローウィもローもそれを察していたからこそ、必死にリーシャが死なないように見張っていたのだろうと。
肩の力が抜ける。
ローに応える言葉はもう決まっていた。










「確かに、勿体無いかもですね」


隣に居るローが満足そうに笑ったのでやれやれと息を吐いて仕方ないからこの世界に骨を埋めてやろうではないかと景色を眺めた。


知らぬ間に世界を捨て、知らぬ間に世界へ招かれた客は漸く前を向く事を受け入れた。


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