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そもそもの始まりはなんて事のない日常が突然変異した事から始まる。
グニャリと空間が歪み、気付けば全く知らない場所に居たので、最初は夢だから可笑しいのかも、と納得し広場らしき場所に出て、近くにあったベンチに取り敢えず座り暫くは何も行動しなかった。
座った後にベンチに置き去りにされた帽子を見つけて持ち主を微かな間憐れんだ。
まだ綺麗だからそんなに忘れられて時間は経ってなさそうだったが、突然ぽつぽつと雨粒が降ってきて反射的に帽子を手に取り雨宿りする場所を探す。
なかなか見つけられないでいると男性が一人立っている屋根付きの店舗が見えそこに入る。
息を付いて水滴を払っていると男性が帽子を凝視している事に気付き、もしやと話し掛けた。

「これ、もしかして貴方の帽子ですか?」

「ああ」

やっぱりとそれを渡せば彼は受け取りジッとこちらを見てきたので首を傾げる。
何故持っていたのかと言われベンチに忘れていたからです、と説明すれば今度は驚いた様に目を見開いていた。
特に珍妙な事をしたつもりはないが、相手は違ったらしい。
暫く雨が止むまで待っていると男性があの帽子を被って話し掛けてきた。

「その様子じゃあおれを知らねェみたいだな」

彼の言う意味が分からなくて、まるでこちらを知っている懐かしい同級生にありそうな台詞に、脳内から過去の人間のプロフィールや心当たりがありそうな記憶の引き出しを開けてみたが該当する人は居なかった。
同級生や親類とは思えないから別の場所だろうか。

「知らないなら知らないでいい。そんな顔をさせて悪かった」

男性は苦笑交じりに笑う。
リーシャは益々困惑しつつも頷いた。
男性はトラファルガー・ローと自己紹介し、こっちも苗字と名前を述べれば何故かローはちんぷんかんぷんな顔で首を傾げていて何か粗そうをしてしまったのかと内心冷や汗をかく。
あたふたしていると相手がいきなり笑い出したので驚いて呆けてしまった。

「お前、見ていて飽きねェな」

「は、はぁ……」

そんな事を言われた事がないのでピンと来なかったが、怒っていなかった事に安堵した。
お礼がしたいからと言われたが帽子を届けたくらいで、と断る。
それでもローは誘って来たのでこれは所詮夢の中だし、と思い承諾し彼に付いて言った。
知らない人に付いて行くなと言う教訓に従わなかった自分に後々後悔する事も知らずに。




それから黄色い何かのマークが書いてある潜水艦に案内されお茶を貰った。
呑気に飲んで寛いでいた所に彼が海軍が来たので出航する、と言うから慌てて降りますと叫ぶ。
しかし、もうそんな事をさせる余裕はないと言われ、仕方なく乗ったまま船は動いた。
そもそも海軍に追われているこの船は何なのだろうと夢ながらに疑問を抱く。
この船の詳細を尋ねればローは海賊船だと言ったのでへ、と間抜けな声を発してしまう。
いくら何でも、と醒めない夢に焦る。
ここら辺で起きている筈の夢には続きがまだあった。
それは、彼がリーシャに突然鎖付きの手錠を付けてきて心臓を抜いたのだ。
いきなりの事で訳が分からなくなった思考は停止し、一度気を失った。
目が覚めても現実ではなく夢の中だった事に絶望する。
心臓も無いまま、ジャラリと音がする手首に言葉を失う。
近くで本を読んでいたローに何故こんな事をしたのかと震える唇で問えば、彼はニヤリと笑い本から目を離しこちらを見据えた。

「欲しかったから」

「なに、が?」

「お前以外に何がある?」

くつくつと悪びれる様子もなく述べられた答えに、やっと騙された事を思い知らされた。





シャワーを浴び終わると服に着替えて部屋に戻る。
入っている間は鎖を外され一時の自由を得る事が出来た。
寝床として使用している部屋に行けばローが寝ていたので安堵する。
しかし、海の上だし逃げ場も無いので逃げられない。
今はその瞼に隠された黄色いアーバンのような瞳を見詰める。
こんなどこにでも居る女一人を縛り付ける理由が理解出来なかった。
その整った顔付きならばどんな美女でも虜に出来るだろうに。
恨み半分、戸惑い半分。
こういう感情を刑事ドラマでは『ストックホルム症候群』という言葉であったような記憶がある。
犯人に同情なんて、とその時は被害者の心理が分からなかったが、今になって思えば自分もなりつつあるのかもしれない。
そう思うと恐怖に体が戦いた。
怖い、そんなものになりたくない。
普通に戻りたいのだ。
心臓を握られていて同情するなんて嫌だ。

「っ、こんな、の嫌……」

こんな生活はしたくない。
恐怖に支配された心は既に一つの決意を秘めた。
ローが起きていない今、この時がチャンスなのだから。
そう思い経つと部屋をゆっくり出て外の甲板へ急ぐ。
どうせ心臓は彼の手の中なのだから。
そう思いながら浮上している潜水艦の外の扉を開けた。
そこにはお昼寝中の白熊がいて良く話しかけてくれたが、奴隷のような処遇をされていて答える余裕がなく、いつも無視していたのを思い出す。
その度にその白熊は傷付いたように、悲しげに落ち込んでいた気がする。
今なら言える「話しかけてくれて嬉しかったよ」と。
そう口にして甲板の縁に向かう。
見張りと目が合うと何をしているんだ、という目をされる。
誰もローに逆らえないのか、リーシャを助けてはくれなかった癖に。
今頃になってそんな顔で見てきてももう遅い。
縁に足を掛け、その上に立つ。

「おい!何してんだ!?」

何をするのかやっと気付いた見張りが慌てて降りてくるが、後の祭りというものだ。
今の大声で白熊の目が覚めたようで、その黒い眼にリーシャを写すと焦ったように起き上がる。

「そんなとこに居たら危ないぞ!」

「危ない事をしようとしてるんだから、分かってるよ」

そう言うとベポは大きく目を見開き、リーシャはふわりと笑いバイバイ、と呟くと重力に従い身体を後ろに倒した。
空の雲が視界を埋め尽くすとボチャン、という音と誰かの声が聞こえたのであの白熊かな、と目を閉じる。

(もっと早くこうしてれば良かった)

もしかしたら元の居場所に戻れるかもしれない。
死ぬかもしれない。
だが、飼い殺されるよりはずっとマシだと思った。

――ドボオオオン!!

海の中なのによく聞こえた。
もう少しで酸素が無くなりそうになっていた体が無意識に反応して目をゆるりと開けた。
すると目の前には黄色い色が見え、ローのパーカーだと認識する。
まさか助けに来たのかと必死に手足をばたつかせて距離を取ろうとするが、彼の様子がいつもと違う事に気付いてしまった。
ぐったりと、泳ぐという行為を知らない魚のようにピクリとも動かない。
気を失ったのかと思ったが目は薄く開いていた。
そこで自分も酸欠になり息苦しさにもがき出す。
必死に動いていると唇に何かが当たりリーシャの口に酸素を送る。
少し冷静になりつつあった頭を動かし小さく目を開けると男の顔があり、それがローの顔だと分かるまで大分かかった。
もう酸素の少ない頭はこれ以上何も考えられなくて意識の沈む感覚を最後にブラックアウト。


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