「着いたぞ」
ベッドの上に乗せられてグラツく脳が多少紛れる。
ローが離れる気配に彼の上着の端を掴む。
「水か?それなら今−−」
「此処に、居てよ」
「おれは居るだけで済まない」
「キスして良いから」
「…………」
「一人で死んでいくのが、嫌」
何度も何度も死のうとしただろうと言われるのは分かっている。
けれど、本当は嫌で、堪らなく怖い。
「人は一人で居られないもん。私だって、人並みに、生きて、死んでいきたい」
「……キスしてしまうと保証出来ねェ。それでも居て欲しいのか?大ッキライなおれに?」
「うん……もう、良い。何でも。どうでも良い」
自暴自棄とでも思われているのだろう。
それでも良い。
「起きたら、後悔するぞ絶対」
「そしたらトラファルガー、あんたを殺すから、構わない」
「おい……おれが損する」
しても良いだろう。
初めからこういう展開を望んでホテルに入ったくせに。
「確信犯。エロリスト」
「たりめェだ。好きな女が酔ってりゃ、俺だってあわよくばの展開に持ってく」
良く恥ずかしげもなく言える。
こっちが赤面してもお構いなしに聞こえてくる告白。
「気分も何もかもが段違いに高揚してる。今、嫌と言われても止められそうにねェのに、お前は俺を煽る始末」
「……………………耐え性無さ過ぎです。後、そういうの、言うとか狙ってますよね。最低。私の事、散々束縛した癖に」
「子供が好きな奴を苛めるのと同じ。束縛だって、今も我慢してる」
頬に手が掛けられてユルリと撫でられる。
(手ぇ暖かいな)
「俺を殺す、だったな……確か」
「ええ。後悔して……殺します。二億をもらって優雅に暮らします、そして……」
「くくく、確かに俺の首は高い……だが金額を間違えてる。四億だ」
クスクスと笑うロー。
何が面白いのだろう、とても物騒でヤバい話題だと言うのに。
「おれを仕留められればなんて、夢のまた夢だが、悪くねェ。折角、お前から誘ってきたしな」
「誘ってません。代用しておくだけです。貴方で無くとも……私は良いんですから」
「七武海を置いて、民間人相手だと?お前は相変わらず飽きねェ事を言う」
彼はさも可笑しいと言うが、自分だって只の女で民間人。
民間人と民間人が一緒になるというのは自然だ。
「お前は俺のだ。たかが弱い奴に渡す事も、現を抜かせる暇も与えねェ」
「束縛外科医で、最低です」
「海賊だからな」
そう言うと口に柔らかな感触と共に一つの目的を持って動く手を感じて(明日は後悔するなあ)と思考の正常さを失った脳で明日の自分自身にご愁傷様と言葉を送った。
よし、深呼吸して…………………………。
それから、それから。
そうだ、こうすれば良いのだ。
動揺から始まり昨日のあらましの回想に悶絶し終わると隠密を意識して動く。
「世間ではこういうのをヤり逃げっつーのは当然知ってるよな」
「!?」
シャワーの音がしていたから浴室にターゲットが居たのは分かっていた。
けれど、真後ろから聞こえた声に肩が揺れる。
痛い、言えない所が痛む。
「シャワー出っぱなしです。資源の無駄ですので止めて来たら如何です?う」
冷静に言い終えたらローが無言で濡れているびしょ濡れの手先を腰に当ててきて、軋む痛さに歯が鳴る。
やり方がえげつない。
「そ、いや、殺す約束、してました、よね」
後悔しているから殺します。
「あんなに喘いだ癖に、俺だけ責めるのか?」
「……」
「フフフ、思い出したら途端に黙るって事は、良かったんだろ?」
「………………るさい」
「最後には頼んできたよな」
「煩いです。あと、タオル巻け」
逃げようとして阻止してきたのは理解しても、全裸でびしょ濡れで立たれるのはいくらなんでも躊躇が無さ過ぎる。
「一回過ちを犯したくらいでさも打ち取ったような態度しないで下さい」
「一回緩むと後はもう流されるパターンっつうのは良くある」
「もうないです!」
しまった、ついキレてしまう。
認めたくない。
「いや、二度目も起こすからある」
(隠す気が清々しいくらい無いな、こいつ!)
「ないです。二度と起こしても起こさせませんので。あと、タオルを巻け」
「いつ今度と言った?今起こす」
そう宣ったローに投げ飛ばされて腰の痛みに悶絶している間に呼吸を奪われた。
仕組みやら何やら、良く分からないが、ローと関係を、いや、気を許してしまってから何かが吹っ切れた。
決して自分は尻軽何かではない。
断じてない。
この紙吹雪はなんだろう、この拍手、歓声は。
「いや〜ついに船長の春、到来〜!」
「しかも、実ったんだよなァ!」
「長かったなァ、思えば」
「二年以上、辛抱して、船長も良く我慢したよ本当っ」
「これは……何の……真似、ですか?」
(嫌な予感)
その先の言葉を聞きたくないけれど、聞かなくては。
否定するには聞かなくてはならない。
「はー?惚けって無駄だ!」
「二人、付き合ってんだろォ?」
「……そんな憶測、どこから」
「ベポ!ほら、お前の出番!」
何の証拠を持ってして、と思っていると歓喜に栄えている集団から白い熊が現れて「リーシャからキャプテン、キャプテンからリーシャの匂いしたから」と何の疑いもない真っ白、つぶらな目で言う。
それを聞いた船員達が色々邪推して、此処まで発展したと。
「何も無かったです」
嘘を付く、それが正義。
大体匂いがしたイコール恋仲というのも些か無理矢理過ぎる。
例えば、彼の隣でお昼寝してしまったとか(そんな事は有り得ないが)彼の服を身に付けていたとか(無いけれど)そんな理由も考えられる筈。
「リーシャちゃあん。こっち来て、こっち〜」
クローウィに手招きされて、近寄ると耳でコソコソと囁かれる。
盲点がそこで発覚してしまう。
「ホテルから出てくるのを見た子が居るの〜。しかも、ほら、船長さんは凄く機嫌が良いしい」
そうだ、そうだ、そうなのだった。
あのホテルを使用したのは何もリーシャ達だけではなかった訳で。
その迂闊さに拳を固く握る。
いや、まだ、まだ、関係は持っていないと、貫けば、いける筈!
「あ、船長!船長ー!」
言い訳やエトセトラを考えていると食堂に来たローに声を掛ける船員諸君。
彼はこの騒ぎに不可解そうに見ていたが、こちらに気付くと意味深に口元を上げてくる。
(止めっ、悟られる!邪推されるでしょうがっ!)
何か有りました的な笑みを今すぐ息の根と共に止めたくなる。
その笑みを目撃した皆は「やっぱり」だとか「進展来た!」だとか口々に言う。
やりやがった。
絶対示す為に態とそれらしく振る舞ってきたのだとローを睨む。
「違う!何もない!」
「船長。どっちが本当で?」
段々分からなくなってきたのだろう船員の一人がローに聞く。
聞くなよと殴りたくなる。
「さァな……」
はぐらかすな、否定しろ。
否定するなど無いだろうけれど、此処は無いと言うべきだ。
「やっぱ……!」
「おおお!」
勝手に盛り上がる場を放置してローの元へ足音荒く向かう。
こっちに来て!と言うと「何だ」なんてニヤニヤと笑う男、殺したい。
殺意が膨らむ。
廊下に移動して詰め寄る。
「昨日のは、何もなかったって言う訳だから、忘れて下さい」
「お前は好きに思えば良い。おれも勝手に思う」
そういう事が聞きたいのではない。
「無かった事にする気はねェ」
「っ」
ギリリ、と噛み締めると彼の顔が近付く。
驚いて後ずさっても引かない距離に息を呑む。
「おれはこうなる時をずっと待っていた。忘れろ?誰が忘れると思う……リーシャ。俺はお前とこう成れて浮かれてるんだがな、これでも」
「……私は沈みました」
「寝室にと気分を掛けたにしては上手いんじゃねェか?」
「掛けてません!汚点です。人生のっ」
ガーッと吠えるとローは笑っていたのに真顔でその目を細めた。
「あの夜。言った事を覚えてるか?一人で死んでいくのは嫌だってあれ」
「……全く」
嘘だ、ちゃんと覚えている。
あれがその場限りの感情で無い事も。
「それを聞いて、今までお前に手を出してこなかった自分が情け無くてな」
「最悪です。最低です。死んで下さい」
いつ誰が手を出せと言った。
しかも何の関係もないだろう。
率直な感想を打ち込むとローはスッと身を屈め、その距離をゼロにされた。
「最悪最低、罵られるのは海賊にとっちゃ褒め言葉。残念だったな」
「じゃあ――」
「おれ、だけだ。お前を寂しさから救えるのは」
本当に勝手だ。
そう言ったら彼は海賊だからな、と言うのだろう。
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