宴が終わって直ぐに二次会だと船員達はローを伴って船を降りていった。
彼は特に嬉しそうでも嫌そうでもない。
お得意のポーカーフェイスを活用している。
それが逆に女のギャップ好きを刺激するのだと酔った船員が語っていたのを思い出す。
あんな無表情のどこが良いのか理解出来ない。
女でありながら同姓の感性には同調出来ないなと感じた。
冷たい目を向ける訳もなく、普通に見送ると途端に船は音がほぼ無くなる。
海に漂っている音のみ。
人の声も足音もしなくなる。
皆はそんなに外へ行きたかったのか。
周りはしょっちゅう外へ行っているのに行き足りないのか。
それならリーシャは凄く行きたくなっている筈だろうけど、そんなに衝動は無い。
恐らく人恋しい、人肌が恋しくなるから彼らは島へ降りるのかもしれない。
そんな当たり前の事を考えて溜め息を零す。
気分転換したいなあと思う。
多少危険な目に遭っても行きたいと思った。
クローウィは監視兼用心棒だから、おおっぴらにはしゃげない。
「出よう」
この船から去るのではなく、軽く散歩である。
降りたって、知っている人の居ない世界は全く魅力的でないし、衣食住があるこの船は格好の住処。
と、思う事にしている。
梯子を伝って降りると外の空気を吸い込んで歩き出す。
どうせ皆は今頃楽しんでいる。
自分が散歩するくらい許される筈。
夜遊びする訳でもない。
町に向かって進み出すともう躊躇は無くなっていた。
「夜の町って、別世界みたい」
別の世界から来て、また別の世界を歩む。
こうして行ってみるとネオンもあって、人の雰囲気も活発さも目的も別物である。
夜の町に入ると客引きが多く目に写った。
「私、馬鹿みたい」
このままズルズルと船に乗って、流されるままに生きて死んでいくのかと、ふと、そんなネガティブ思考が湧いてくる。
「このまま、死んでくの、嫌だな」
とぼとぼと歩くけれど、想像する事は止まらない。
一人で居るからこんな事を感じて思ってしまうのだろう。
「ねー、君、いくら?」
「………………私に言いました?」
俯いているとチャラそうな男が目の前に居た。
「おれ寂しいんだよねー。君も寂しくない?」
この男、金を払わずに事を運ぼうとしていると気付く。
こういう事を言われるのも腹が立つけれど、引っかけ易いと思われているのもムカつく。
でも、たった今、寂しいだろうと言われて引っかかってしまう。
「他を当たって」
辛うじてそう返すと男は舌打ちして去っていく。
明日の朝に死体になって発見されろと後ろ姿に呪う。
質が悪い事や男に話しかけられて気分は最高に悪い。
「お嬢さん。寄ってかない?」
ホストか酒屋の客引きに今度は掛かる。
早い所、此処から抜けた方が良さそうだと力なく断った。
「うぃー、ヒック」
酔っぱらいとすれ違った時に辛気臭い顔だと絡まれて眉を顰めて睨みつける。
赤の他人に言われる筋合いはない。
「お兄さん、私と喧嘩しません?」
間が差した。
「はァ?」
「だから、喧嘩しませんかって言ってるんです……った!」
二度目に同じ事を言っていたら突然肩が引かれて痛いくらいに強引な力で後ろを向かされる。
「…………下らねー真似してんじゃねェ」
「これはこれは、トラファルガーさん」
辛気臭い原因のお出ましだ。
口を皮肉に歪めて薄ら笑う。
彼の少し後ろに煌びやかなドレスを纏う女が居て買った人かと察した。
こんな事をする前にどこかへ行けば言い物を。
リーシャが後ろに居る女を見た事に気付いたローは舌打ちをかまして一旦手を離すと女の元へ向かう。
そうだ、そのまま夜の町へ消えてくれ。
もう彼に構う事無く早歩きで彼等から離れようと距離を空ける。
視界に入れたくないし、気分の良い光景でもない。
あれを見て気分が良くなる人なんて居る訳もないが。
彼等から離れる為に足を無心に動かしていると後ろから引かれたので立ち止まった。
ローが腕を引いたのが原因で、傍に居た女性はどこにも居ない。
「さっきの人と楽しむ予定なのではなかったのですか?」
冷たく言うと彼はもう良いんだと言う。
へぇ、と適当に返事を返す。
ローがどんな行動をしようが構わないけれど、腕を離して欲しい。
「じゃあ、私はもう行きますので。ごきげんよー」
別れの言葉を掛けると腕を振り払う。
「一人で行動するな」
「私は大人なので一人でも出歩ける権利はあります。指図するな」
手を離してもらえず立ち往生。
先程から通行人の目がこちらに突き刺さっている。
目立っている事が嫌でローを睨み続けていると彼は何を思ったのか向こうにバーがあるから奢るなんて言い出す。
いきなり何を言い出すのだと思っていても、彼はそれ以外で妥協してくれなさそうだったので提案に乗る。
バーは小洒落ていて此処なら居ても良いと思えた。
「好きなの頼め」
「じゃあ、此処から此処まで」
「…………………………あくまで飲める量で頼め」
メニューの一番上から一番したまでを指で差すけれど、駄目らしい。
ローを困らせたくなるのだからそうしただけだから次は普通にじゃあこれ、と頼む。
「ウォッカと」
彼は自分の分と今述べたお酒を頼む。
さて、どうしよう。
此処まで静かだと会話何て出来やしない。
彼と気軽に話すような仲でもないし。
「良いんですか?さっきの女の人と過ごさなくて」
話題もないけれど、言いたい事は言う。
こちらに付き合って何か言われるのも困る。
「ああ。お前と過ごすのが優先だ」
「あの女の人みたく、何のお役にも立てませんが」
お前と過ごすと言われて、だからと先に行われる前に制しておく。
すると、彼はフフフ、と笑って腕を立てて指を組む。
「身体と心は、別なんだよ」
「……………………私は身体?それとも心でしょうか?」
「………さァな………お前なら、どちらでもおれは満たされるかもな」
目がギラギラして、嗚呼、誘われているなと気付いてしまう。
でも、知らないフリをする。
乗る真似なんて絶対にしない。
「見ているだけでも満足だ……と言えれば良かったが……そうも言ってられねェ。男ってのは全く面倒な身体をしてる」
ローは誰に向かって言っているのか。
途中からどうも自身に言い聞かせている様に見えた。
ウォッカと頼んだお酒がテーブルに置かれて口がそのアルコールを含む。
「そろそろ、考えてくれても良いと思わねェか?」
「貴方に身体を許せと?」
「先に来るのはどっちでも良い。問題は……その一線を引いている状態だ」
コップの縁を指でナゾるローの仕草は確信犯で、見ていられなくなる程妖艶に見えた。
夜と、町と、お酒と、欲に濡れた相手の目のせいで少し頭が可笑しくなっているのかもしれない。
目を逸らすと彼が笑っているのが気配で分かる。
どう見ても確信的行動でこちらの反応を見て楽しんでいるようだ。
そういう駆け引きが得意でないのに、このままでは負けてしまう。
「許すも何も、交換日記、してますよね。私達」
「そうだな……」
だから、一々言葉に艶を含まないでほしい。
頬が赤くなるのを感じて、悟られないようにする。
「私、貴方の事、完全に許した訳じゃないです」
「それでも良い。どんな感情であれ、おれの事を考えているのなら構わねェ」
酔狂である。
口説かれている事を察してしまう自分に駄目だと叱責を入れた。
「ほら、飲むペースが落ちてるぞ」
指摘されて、それにムッとなると一気に飲み干す。
何をムキになっているのだ己は。
飲んだ後にカッと焼ける喉に涙目。
痛いと唸っていると水を差しだしてくる男に額が寄る。
「次、何を飲む?」
「さっきのお酒の下にある名前、三つです」
注文すると口角を吊り上げる相手に馬鹿にされていると口元を曲げる。
「それと、ウォッカも」
飲み慣れないお酒の名を口にして、追加注文したお酒を全て飲んだ。
結果、フラフラになる。
「今日はホテルに泊まれよ」
「…………、う、」
息が熱い。
これは久々に身体に酔いが回った。
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