×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

起きると洞窟ではなくベッドに居た。
傍らには見慣れたおっきな胸と色気のあるポテッとした唇に綺麗な睫毛。
クローウィだ。
船にいつの間にか運ばれていたらしい。
無事にローを見つけられたから船員達も踊るくらい喜んでいるだろう。
益々自分がこの船に居る意味が分からなくなる。
クローウィは賞金首であるから皆から頼られるのは当然だ。
しかし、平凡で平坦で普通の何の取り柄もない女のリーシャは何の為に此処に居るのだろう。
自分の存在意義が分からない。
不安と行き先不明の未来にグラグラと揺れる。
足場の無い泥に嵌まり出した思考に止めを入れたのはクローウィだった。
心配している声音で「どうしたのお?どこか痛いのー?」と少し懐かしさを感じる声音と話し方が聞こえて「大丈夫」と言う。
自分の存在意義がいよいよ軽薄となってきたのを感じて自重の笑みを浮かべる。
例えどこかへ逃げたとしても、どこにも行く場所も宛ても無い。
どこへ行けるというのだろう。
ローの狂気じみた感情がなければリーシャはいつ放られても可笑しくない。
皮肉なものである。
クローウィの視線を感じて無表情になると彼女に「何時間寝ていましたか」と誤魔化す為に聞く。
ローに報告されるかもしれないけれど、少しでも気を紛らわせる為に。
クローウィはあっけらかんと四時間程だと言って、それ程しか経過していないのかと薄く笑う。

「クローウィさん。私、この世界にも絶望しちゃいました。別の世界って行けますかね?」

クローウィは答えずに「…………」と無言を返してくる。
彼女ならば明るく何かを言うかと思ったけれど、言わない事に異変を感じ取ると横を向いてクローウィの様子を確かめた。
目元は悩ましげに下がっていて、口元は何かを我慢するようにキュッとヘの字。
顎に皺が寄せられている。

「大丈夫よ、リーシャちゃん」

彼女が語尾を伸ばさなかった意味も理由も分からない。

「私達は幸せになる権利を与えられたの」

クローウィの表情が柔らかくなり微笑まれた。

「貴女はこの世界が偽物でないと知った。だから、もう、大丈夫」

クローウィはニコッと最後に笑う。
どういう意味だろう。
現実を見たからもう大丈夫の意味が理解しようにも言葉が足りない。
詳細を聞こうとしたけれど、途中で扉がノックされ言葉が遮られる。
随分と間の悪い来客だと少し気分が下がった。
顔を覗かせたのはローだったので、余計に気分が下がった。
クローウィはリーシャが起きたとローに告げて立ち上がる。
行くなと目で頼むけれど、ふふふ、と笑顔でなかった事にされた。
どうしてと思っているとローが入れ替わりに椅子に座る。
異常が無いか診察すると言われて手首を触られた。
その際、鳥肌がいつもなら立つのだが、少し背筋が強ばっただけで、いつもの嫌悪感が湧いてこない。
その事に気付くと思考が入り乱れる。
どうして嫌悪しないのだと己の感情は管轄であるのに疑う。
もしかしたら、心は死んでしまったのか。
いや、それは無い。
壊れかけているが、何とか繋ぎ止めている状態だ。
と言うことは、本当に何とも思わなくなったのか、一時的な感情か。
判断するには様子を見る必要があり、尚且つ、ローの近くに寄らなければ確かめられない。
その事を考えると少し嫌になるが、凄くとはならない。
それについて日記を書こう、と決める。
彼と触れ合う事よりも日記で意志疎通を計るとまた違った事が分かってくるかもしれない。
脳内で会議を開き、幾つか思考を巡回させる。
その間に診察を終えたのかローが呼び掛けてきた。

「黙り込んでどうした?今の内に可笑しな所や不調は口に出せ。後からじゃ手遅れになる」

ローは眉を微かに下げてこちらを窺うように見ると少しだけ口元を上げた。
どうして微笑を浮かべたのかと心が動揺。
嗚呼、心は死んでいないと知るには十分過ぎた。
安堵と共に、壊れてくれればいっそ楽なのにと思う自分も居る。
ローは立ち上がると食堂で飯でも食べてこいと声をかけてから部屋を出た。
無駄の無い会話と時間に有意義だったと感じた後に、空腹も訪れる。
どうやら眠っている間に食べ物を消化器官が消化したらしい。
元気な証拠だと言う人が居るが、確かに元気である。
無人島に居たのに無傷でいられたのはローのお陰であった。
別に無傷で良かったと思ったのではなく、怪我をしたらローの厄介になる可能性が大いにあるからだ。
仮だけは作りたく無い。
前に悪魔の実を食べた時の事件は元はローが原因のようなものだし、あれは借りではない。
当然、彼にはリーシャを助ける義理があった。
ローをおびき寄せる為に囚われたのだから。
何故クローウィのような女でない、平凡な容姿のリーシャがローの女に見えたのか甚だ疑問であるけれど。
ベッドから出て食堂へ向かうと出会うクルー達にもう起きて良いのかと聞かれた。
ローを路頭に迷わせた事を責められるかもしれないと構えていたので肩透かしである。
はい、とぎこちなく言うと良かったなと言われて複雑な気持ちになるのは自分でも説明が難しい。
いっそ責めてもらえたらこの船から逃げる口実になるのに。
そんな考えが浮かんで消えた。
起こる事が無い事を考えても無駄で、絵に描いた餅だ。
廊下を進んで食堂へ向かうと良い香りが鼻腔を通り抜けて胃を刺激する。
キュルル、と鳴った胃に早く何か食べたくなった。
入るとまばらに人が居て、やはり声を掛けられる。
何故、彼らはローが行方不明になった原因に対して責めてこないのか。

「お、来たか」

コックの男性が気付くとトレーに食べる物を用意し始めてこちらに渡してきた。
遭難した分も沢山食べるんだぞと言われてぎこちなく頷く。
こういう事を言われるのはあまりないので照れ臭いし、どう反応すれば良いのか分からない。
コックもこの船の仲間の一員だが、どうにも他の船員達のように言えない。
まるで親族に心配されているように感じてしまうからかもしれないと一人納得して離れるとどこに座ろうかと悩む。
船員達とは距離を離しておきたい。
その為には良い席というのも選ぶのは一々面倒だ。
いつもより一つ少ない距離に付こうと自分で妥当させて席に着く。
その些細な変化を感じ取る人間は居ないので特に何のアクションも取られない事が幸いである。
今日の昼はパエリアだった。
プリンも付いている。
昨日の残りというそのプリンは生クリームがちょこんと乗っていて真上にはサクランボというお手本のようなもの。
美味しそうだなと思っていると横から声を掛けられた。

「俺のプリン、食うか?」

「!……えっと、その、あの」

しどろもどろになるのは最近新人としてベポに部下と言われて自慢されていた男、シャンバールだったからだ。
因縁も無い相手に接する方法を知らないせいで今、どう答えたものかと困惑せざるおえない。
彼は一旦プリンをこちらのトレーに置くと何も言わずに食べ始めた。
断る事も出来なくなって、返す事も出来そうにない。
大人しく二つ目のプリンを見つめてからパエリアを食べる。
まさか、それを見ていた人が居てリーシャの好物はプリンという嘘でも本当でも無い噂が出回る等とつゆ知らずにパエリアを堪能するのだった。




朝起きて聞かれる言葉が「プリン好きなんだってな」と親しく言われて困惑と謎に満ちるとは思わなかった。
しかも、何味が良いんだとまで言われて答えを待っている相手に首を傾げざるおえない。
何故、そんな噂が起きてちょっとした騒動になるのだろうと困ってしまう。
小さい船の中での一つの騒ぎと言うのは侮れないのだ。
例えば怪我をしただとか、ネズミが居るだとか。
些細な事ですら大きなものになる。

「…………………………ノーマルから、チョコ、とかも………………食べます」

考えた末に出てきたのは本当にその場限りの何て事無い趣向の筈。
けれど、それがまた回って「チョコレート好き何だって?ビター?ミルク?俺どっちも甘かったら好きだ」とベポに聞かれた時は(伝言ゲームじゃこれ……プリンがどっかに落ちたの?)と思った。
因みに甘いのが好きならビターは好きと言わない方が良い。
ビターのビターは苦みである。
クローウィには「甘いのが好き何てリーシャちゃん可愛いわあ。今度チョコレート専門店に行きましょ〜」と誘われた。
そこまで通ではないとはもう言えない。
どうやったらこの噂は消えるのだろう。

「………………………………これは?」

ローがやってきて一つの皿を差し出してきた。
乗っているのは黒でも茶色でもない。
どう見てもこれは、菓子である。

「コックが試作品作ったからお前にだそうだ」

帽子を深く被っているせいで相手の表情は窺えない。
コックが作ったにしては所々歪で焦げている気がするのは如何だろうか。
製作者は恐らく………………。

「いらねェんだったらベポに渡すが」

黙っていたらそう言うローに少し考えて受け取った。
直ぐにローは踵を返して去っていったのでビンゴであろう。
感想を聞かなくて良いのだろうか。
捨てないとも限らないと彼は少しでも考えていないのか。
いや、ローなら捨てられる可能性があるというのを理解している。
頭が切れる男だ、考えない訳がない。
分かっている癖に渡してきた所が癪に触る。

(食べるの?あいつが作ったガトーショコラを?)

温かいのを見て、作ったばかりなのだろう。
それと、チョコの香りがしていたのを彼は気付いていたのだろうか。

「お菓子に、罪は、無い」

このガトーショコラのぽつんという感じはまるで自分のようだ。
チョコレートが溶かされてまた固形に作り変えられてしまったのだ、ローの手で。
ガトーショコラを重ねる事はとても馬鹿らしいとは分かっているものの、ローが帽子を深く被っている光景が瞼に焼き付いている。
捨てようとも思えなくなる自分の現金さに薄く笑う。

「愛してる……か………………」

前に何度か言われた台詞を復唱してみた。
軽いようで重い。
一口恐る恐る食べて噛みしめると塩気が口内を襲う。

「………………………………塩と砂糖間違えてるしこれ」

思わずプッと微笑を吹き出した。


戻る【30】