久々に島へ降りる事になった。
一つ服が駄目になったことが起因だ。
血を浴びたかららしい。
血は落ちなかったらしく、嫌な記憶を思い出す記憶になるからもう着ない方が良い、棄ててしまうのだとベポから聞いたとき、なんて血生臭い夢なんだろうと眉を
顰 めた。
ベポに手を引かれて店を回る事三件目。
夕方になる頃には日が落ちてきたのでそろそろ買い物は終わろうと彼は笑顔で告げる。
この町は海賊を客として、お金の羽振りの良さを知っているのだとペンギンという男から事前に聞いていた。
治安はそこそこのレベル、夜は一人歩きは禁じられている。
頼まれても歩かない。
身の程の弱さを知っているという悲しい現実だ。
ポツリポツリと話しているとベポが突然後ろを向いて「あ」と何かに気付いた声を上げる。
同じ方向を見ようと大きな体という壁を避けて見てみればロー達が集団で固まっていた。
隣には露出度高めの服を着た夜の女性達もいたので色々納得する。
彼等はベポという目立つ存在に気付き、傍らに居るリーシャの存在に暫し動揺した。
別にどうでもいいから何処かへ行ってくれ。
「ベポさん、向こうに行こう」
「う、うん」
ベポもどうしようと困っていたから提案に乗ってくれた。
歩き出すと後ろ手を引く感覚によろける。
何だろうと後ろを見るとローが居た。
手を掴んでいる男がこの男だと認識した時、凄まじい鳥肌が襲う。
振り払うとローは何もなかったのように手を離してベポとリーシャの持つ荷物を見た。
「これから帰るのか」
「うん。荷物を整理するんだ」
ベポが余計な報告をする。
ローはこちらを見ると無言を貫く。
別に話すこともないので此方から話す義理はない。
恐らく第三者から見れば気まずい空気を発している場所に高めの声が響く。
「ロー、もう皆言ったわよ」
どうやら今夜の相手の女性らしい。
彼女は艶やかに男の腕に自身の腕を絡ませて胸を惜しげもなく押しつける。
羨ましいプロポーションだ。
他人事よろしくそれを眺めていると無表情だったローの顔が歪む。
リーシャから見ても結構怖い顔だった。
不機嫌という感じだ。
ローは女の腕を振り払うと「触るな」と言う。
女は一瞬呆けるとこちらを見て睨んだ。
お門違いも良いところだ。
嫌な視線にベポの後ろへ隠れるとローの鋭い声が女へ行く。
「おい。今すぐ失せろ」
女は驚愕に縁取られた目を浮かべてその瞳を吊り上げてから憤った様子で逃げるように去っていく。
まさか追い払うとは思っていなかったので驚いた。
ローは女を見る事なくベポへ話しかける。
「ちゃんと戻れ。寄り道も程々にな」
「うん。キャプテンは明日帰ってくるのか?」
「嗚呼、適当に飲んでくる」
ローは刀を担ぎ直すと船員達の方へ戻っていった。
結局何故此処に来たのに話しかけて来なかったのかという疑問を残しての別れに不満を少しだけ感じた。
煮え切らない態度を取られるのはやはり不服だ。
興味を持たれているのか、それとも此処に来て興味を失いかけているのかという希望が過ぎる。
もしも、ローがリーシャの事をどうでも良くなれば晴れて自由の身となれるのだろうか。
嬉しくて笑ってしまいそうになる。
ベポにどうしたんだ、と聞かれて慌てて何でもないと伝える。
この気持ちを隠しておく方が良いと感じので心の胸の内は言わない。
もう既に跡形もなくローの姿は見えない事を確認しつつ解放される日は近いかもしれないと歓喜に心が躍った。
今回の島は滞在する時間が長いらしい。
シャチから聞いた情報を得たリーシャはこの夢の世界の仕組みを知るべきだと感じた。
知らないままではいざ船から降りる時に困るかもしれない。
迷子なんて有り得る。
知識も無しに歩き回れる度胸は持ち合わせていない。
海軍は弱い、ロー達は強い。
今の所分かっているのはそれくらいだ。
海賊に正義が負けた時はこの世は終わっているのかもしれないと絶望した。
助けて貰える見込みを感じないのはとても最悪だ。
助けてと言って助けを求めたのにあっさり突破されて連れ戻されたのはまだ記憶に残っていた。
追加の情報にこの島には海軍の駐屯所が有る事を知った。
船員達はわざわざ不利益になる事は言わないので滅多に教えてくれない。
けれど、この島に居る人達は噂をする。
その会話の端々を繋げた結果、中将という地位の男性が居るらしい。
強いのかもどれ程の地位なのかもさっぱり分からないが、前の時に助けてもらえなかった海兵達よりは助かる可能性が高いかもしれないと光が射した。
その人を見つけて助けてと言えば、この船から助けて貰えるかもしれない。
今度こそ解放されるかもしれない。
まだ見ぬ男の後光を想像して拳を強く握る。
幸いにも、この船には少しの船員しかいない。
後の船員達は町にあるホテルに泊まっているのだとベポが言っていたから手薄と状態だ。
(凄く在り来たりだけどベッドの中に何かを入れとこう)
少しでも時間が稼げるように。
祈りを込めて出る準備をしてから外へバレないように出る。
そっと足音を出来るだけ消してから外へ行く。
見張りにはバレるだろうから買い忘れているものが有るとでも言おうか。
考えながら歩いていると前から見たことがあるような無いような顔が近付いてくる。
「どうした」
凄く馴れ馴れしく聞いてくるのがこの船の男達の特徴だ。
最初は名乗ってもいないのにと一々腹立たしく思っていたが今では慣れた。
聞かれてしまったので買い物の続きだと言うと彼は暫し首を傾げてから困ったように笑う。
「うーん。船長に一人で歩かせるなって言われてんだよな〜………ほら、治安とかそんなに良くねェし」
鬱陶しい説明に辟易する。
「必要なもんなら買わないとだろ?おれが付いて行くから安心しろって」
何を安心させているのか理解不能だ。
付いて来て欲しくないのに来るのは決定事項のようで遠慮をしてくれない融通の気かなさに溜め息を付きたくなる。
仕方がない、見張り付きの海兵探しをする事になりそうだ。
頷く事しか出来ない自分に苛々しながら外へ向かう。
一昨日と同じく賑わっている町へ突くと海軍のマークとやらを探す。
隣に居る男は本当に付いてきているだけのようで殆ど話しかけてこない。
ローの軟禁の件やその他諸々を知っているからかもしれない。
知っていたのに知らないフリをした男という事でもある。
(誰も信じない。信じられるのも自分だけ)
海兵だって周りの人間だって、人間だから裏切る。
その可能性は人間、又は考える事が可能な生物で有る限り付き纏う。
頭の回るローだっていつ何をしてくるか分かったものではない。
カモメみたいなマークをした制服を目印に探していると視界にローが過ぎった気がした。
勘違いだと二度目に見たときはいなかったのでホッと息を付く。
気が緩んだせいで人にぶつかってしまった。
肩と腕が接触して痛みに前を向く。
「すいません」
「いや、こっちこそすまない」
そのコートはまさに探しているマークを掲げていた。
当たりの文字に目が相手の顔を見る。
「マジかよっ」
後ろに付いてきていた船員が気色ばんだ声を上げるのが聞こえたが、どうでも良かった。
人が多いので海兵の接近に気が付かなかったらしい。
見つかったマークを持つ男性に声をかけてみると相手は足を止めた。
「海兵さんですよね?」
「ああ………何か困り事かな」
問われた声音の弱さにピクリと頬が動く。
これはもしや子供が話しかけてきたと思われているんじゃないのだろうか。
前の海兵の時も同じ対応だったから分かる。
「おい………!」
付いてきていた船員が制止しようとしてくるがそれより先に言う。
「助けて下さい」
海兵は目を何度かしばたかせて軽く笑う。
「私に出来る事ならば」
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