泣きじゃくったリーシャを抱き上げて帰ってくると船員達の安堵と不安げな顔が出迎える。
ローは彼等に部屋に入ってくるな、とだけ言い、彼女を自室に連れていき私物のベッドに寝かせると腹は減ったかと聞かれ控えめに頷く。
彼と話したのは半年ぶりだ。
どう答えて良いものか戸惑う。
ローは一旦部屋を出てまた戻ってくるも手には沢山の食べ物があった。
微笑しながらアイツらが持たせてきたんだと言って傍にあった机に置く。
この部屋に入るのも半年ぶりで嫌な思い出しかない。
だけど、今は人ならざるものになってしまった不安の方が強かったから誰かが居てくれるだけで安心出来る。
彼が机にあった椅子をベッドに近付けて座ると食べ物を渡してくれた。
シチューやお肉なんかがあって豪華だと感じ、そういえば今日はローの誕生日だと思い出し感傷に浸る。
せっかく楽しんでいたのに自分の浅はかな行動のせいで壊してしまった。
罪悪感が胸をギリギリと痛め付け食事の手を止める。
「どこか痛いか?外傷は見当たらねェが」
「ち、がう………貴方の、誕生日を台無しに、してしまった」
するとローは無言で溜め息を付くとそんな事は気にするなと言った。
気にする、何故かそう思い己を疑う。
あんなにも嫌悪し、嫌い、口も聞きたくないと思っていた相手に助けられ、とても言い表せない感情が哀愁を助長する。
「なんで、助けたのですか?」
「理由が欲しいのなら、お前を助けたかったから助けた。それだけだ」
静寂が部屋を満たす。
リーシャは呆然として男を見た。
心臓を取られて以来、酷く残酷な印象しか抱いていなかったのだ。
優しさが垣間見え、何故ここまで自分の事を構うのかと本当に知りたくなる。
「これを、返す」
「え」
それは心臓だった、自分の。
震える手で暖かい脈動を受け取ると交互に彼を見て本当に帰ってきたのだと徐々に自覚する。
「許せとは言わねェ。だが、頼みたい事がある」
「え?た、のみたい、こと?ですか」
「………交換日記」
「えっ………えっと………交換、日記………?………って言いました?」
耳を疑うともう一度そうだ、と気のせいかもしれないが耳が赤くなっていた。
幻聴ではなかったのでその言葉を何度も頭の中で復唱すると目を見開く。
仕方がない、だって彼のような人間がそんな歩初的なコミュニケーションを取るなど考えられようか。
だが半年もまともに会話をしていないのだから、そこから行くのが通りなのかもしれない。
「そう、ですね。誕生日に欲しいもの、を渡すのが常識、ですし」
「いい、のか」
再度確認され頷けばガバッと抱きつかれ硬直。
そうして固まっていれば悪ィ、と少し慌てた素振りで離れる男。
案外、感情が分かり易い人なのだろうかと思った。
それから三時間後、気持ちに余裕があり改めて彼と甲板に向かうと船員の彼等は大丈夫かと心配してくれて宴のやり直しと再び盛り上がり始める。
ベポも近付いてきてこっそり耳打ちしてきた。
「なァリーシャ、今ならまだ二人でプレゼントを半分に出来るぞ」
「そう、だね…………うん、じゃあお願い出来ますか?」
「本当に!?」
もう一度こくんと首を縦に振れば彼はキラキラと顔を笑顔にする。
気まぐれということで渡してみようかと思ったのは、単に助けに来てくれたローへのお礼だ。
そうと決まればとベポとコックに訳を述べれば快く返事をして厨房を貸してくれた。
ベポに手伝うが自分が手伝った事を言わないで欲しいと頼むと何故だと必死に言われ苦笑する。
「私は、決してトラファルガー・ローさんと馴れ合う事はいけないと思ってます」
「え、でもキャプテンにプレゼントを渡すんだから………」
「それは今日が誕生日だからです。これを気に馴れ合うつもりは金輪際ありません」
「リーシャ…………そんなの寂しい」
「………でも、私はこの船の奴隷でしょう?」
そう口にするとベポはびっくりしように違う!と叫ぶ。
今更何をと思うと彼はそんなつもりなら今頃こんな事はしていないと言われ、こんな事の意味が分からなくて目を細める。
では何故海軍を蹴散らしてまで自分を船に置くのか分からない。
説明がつかないのだ。
交換日記はするが、完全にトラウマやこれまでの事がなくなる訳がない。
怖くて怖くて毎日怯えて暮らしているリーシャの気持ち等誰にも分かるまい、と自嘲の笑みを浮かべた。
その気持ちにハッとなる。
こんな事は言うつもりもなかったのに、と。
歪んでしまっている性格や思考が嫌になる。
心臓も返してもらったのに、いや、でも、やはり、と繰り返すもしもの事態を想像してはこれではキリがないと頭を振る。
別に後はこの船を降りるだけなのだから、と考え思考を切り替えた。
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