65
海へと足を踏み入れた。
「っ……」
力が入らないのかゆっくりと海へ入っていくトラファルガーさん。
信じられない。
能力者が自ら海へ入るなんて。
「っ、やめて――来ないでください!」
私は叫んだ。
苦しげな表情を滲ませる彼に耐えられなかった。
「どうした?」
わかっているのにフッと力無く笑う彼。
「わ、私は……誰かが死んでも泣かない冷酷な人間なんですよ!」
ただ涙が出ないだけなのに。
「ナイフを見せられてもなんとも感じない女なんですよっ!」
泣いても何も戻らないと知っているから怯えても無駄だと諦めているだけ――。
本当は全て私の強がり。
姉が死んだ日に受けた罰だと受け入れたから。
「だからっ、もう私を放っておいてぇ!」
私は泣けない人間だから近づかないで。
幸せを味あわせないで。
「できるわけねェだろ」
ふわりと体が感じたのは人の温かい体温だった。
「なん、で……トラ、ファルガー、さん」
私の頭は彼の胸に押し付けられていた。
海に嫌われている彼の力はわかりきっていて、でも必死に私を離さないように――。
「理由はどうであれ、お前を傷つけた」
「だから私に――」
また同じ言葉を繰り返すトラファルガーさんに私は上を向く。
「違う――お前の心を傷つけたんだ。俺達は、お前に救われていたのに」
トラファルガーさんは搾り出すような声色で私が一生に願った言葉を、罪に自分を縛りつけていながら心の片隅で欲しがっていた言葉をくれた。
「お前が自分のことをなんと言おうが、
俺はお前を一人にはさせない
」
「っ――!!」
一瞬、時が止まったと感じた。
そして私は彼の言葉に――何かが弾けるのを感じた。
膨張した私の心だったのかもしれない。
「トラファ――ロー、さん」
「なんだ?」
[ back ] bkm