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ローはただ見ていることしかできなかった。
男が一瞬で視界から消え、リーシャの目の前で手を振り上げる。
そして、全てが文字通りで。
しかし、予想していたシナリオとは全く違ったことだけは確かだった。
倒れたのはリーシャではなく、ロンの方だったのだ。
ローがかろうじて理解できたのは、リーシャがロンを気絶させたこと。
それ以外はわからなかった。
ロンが地面に倒れるのとリーシャが扉へ向かうのは同時で、ローがハッと我に返った時には、リーシャは扉の取っ手を掴んだ時だった。
「っ、リーシャ!」
ローが叫ぶと彼女は扉を少し開けた状態でピタリと止まる。
「――貴方だけには、見られたくなかったです……
トラファルガーさん」
「……!」
彼女の言葉にローは息が詰まるのを感じた。
今彼女はなんと言った?
そして、そんなローに一度も目を合わす事も、振り向きもせずにリーシャは扉の向こうへと消えた。
***
リーシャが去った数分後にペンギン達はやって来た。
「船長、無事で何よりです。ですが――これは一体?」
ローはペンギンに手錠を外されながら尋ねられた。
ペンギンが言うには、ローを救助する為にこの倉庫へ忍び込んだはいいが、何故か見張りの人間が全員気絶していたらしい。
ローはその事を聞かされ、事の次第をペンギン、ベポ、シャチに話した。
「え!?じゃあこれは全部リーシャがやったんですか!?」
「あァ」
シャチの驚愕の声にローは頷く。
三人はローの話しを信じられないという風に聞いていた。
実際、ローもまだ信じられないでいる。
しかし、自分はこの目で見た。
「それでリーシャの姿を見て、無人島のオオカミが彼女だと?」
ペンギンがローを見る。
「そうだ。シャチ、お前ならわからないか」
シャチはその問いに頭を捻る。
「確かに、人間っぽいところとか、襲ってこなかったりとか……納得するところはあります、けど……」
シャチはクシャリと髪を掴む。
「仮にそうだとしても、悪魔の実の能力者ではないという事だけは確かだな」
ローもペンギンと同じ事を感じていたことに同意する。
「でもおれは……リーシャが何者でも――そんなのどうだっていいよ!」
ベポがそう叫び、ロー達は互いの顔を見合わせる。
「ベポ、俺達だってそう思ってるさ」
ペンギンはベポの頭を軽く撫でながら言った。
「そうだぞベポ!」
シャチもいつものように笑い、三人はローの方へ顔を向ける。
「どうしますか?船長」
ペンギンの言葉にローはスッと目を伏せる。
『貴方だけには見られたくなかったです……さようならトラファルガーさん』
リーシャはローの事をトラファルガーと呼んだ。
それが意味するものは、おそらく決別。
いや。――おそらくではなく、本当の決別だろう。
「そんなことはもう決まっている」
ローが三人の顔を見据えながらニヤリと笑う。
ベポ達はその顔を見るとお互い頷き合った。
僕等の行き先は決まったようだ
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