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思い知った日


その女は中学からの古い学友だった。
ローは昔から男女問わずモテていたので友人関係は浅く記録が基本で普通の事だった。
その女はどちらかと言うと突っかかってくるタイプでとても新鮮な女だったから最初は興味本位でからかったりした。
こういう女をウマが合わないと言うのだろう、顔を合わせる度に突っかかってきたり、こちらから絡んだりもした。
社会人となって暫くしても交友は続いた。
中学から交友を交えている相手なんて指で数える程度だ、自分にとって不利益とならない相手だったからかもしれない。
社会人となってもモテたので女も例外なく寄ってきた。
別れたり付き合ったりを繰り返す己の人生を皮肉ったりするのが恒例となっていた。

「で?今回別れた原因は何なわけ?」

ズケズケと聞いてくるのも慣れたり当たり前となっているので何とも思わない。
いつものように向こうから別れたいと言ったから別れただけだと伝えると白い目で見てきた。
そんな目で見られる謂われはない。
心外だと酒を煽れば彼女は呆れたように目の前にある焼き肉を皿に乗せる。
此処は焼き肉屋だ、時々色んな店を吟味して二人で訪れるのも恒例となった。

「はあ……あんたは良いよねえ、選べるし」

「お前だって彼氏居るだろ」

「別れた」

「お前こそ人の事言え」

「相手が浮気したの!私のせいじゃない!百パーセントねっ」

「そう荒ぶるな」

じゅー、と焼き肉が焼ける音と声との雑音で差ほど叫んだくらいで何ら問題はない。
しかし、相手の男が浮気したとは初耳だ。

「……私って浮気する程つまんないのかなー」

こいつにしては覇気のない声音、落ち込んでいるようだ。
慰めるにも嫌味しか考えつかない。
ローは少し考えてから口を開く。

「あ、慰めとかいらないから」

「…………」

折角何か言ってやろうと親切心を出してみたのに本当に可愛くない女だ。

「何その不満そうな顔。だってさあ、慰められたって悲しくなるだけだもん」

彼女は思っているよりも悲しんでいるらしい。
いつも強気なリーシャしか見てこなかったので上手い言葉は出て来なかった。

「もう当分男は懲り懲りか」

「うーん……結局あたしが悪いのかあいつが悪いのか原因が分からないから何とも言えないなー」

「お前が原因なわけあるか。浮ついた奴が悪い」

「……ローは浮気したことある?」

「付き合ってる最中は少なくともねェ」

「おおう、意外に律儀だったんだね。見直した、うん」

「見直されてもな……つーか肉焦げるぞ」

指摘すると慌てて食べ物を救済するリーシャ。

「慰めてやろうか?」

「んー?何か言った?」

「フフフ、何でもねェよ」

食べるのに夢中で聞き逃したらしい。
こいつのこういう所が気に入っている。
気兼ねなく話せる所が特に。

「あ、そういえばさ」

話したい事を簡単に話せる一日は今日も過ぎ去っていく。



金曜日、今日は例年にない程激しい豪雨と雷の日だった。
ゴロゴロとなって直ぐにピシャーン!と雷の稲妻が車の中から見える。

「そろそろか」

駅に今いるのだが、理由はリーシャも乗せて行こうという簡単な事だ。
偶にこんな事をするのは自分の仕事が早く終わった時だ。
電車が着く予定である時間を確認しながら駅の入り口を見ているとゾロゾロと人が溢れ出てきていた。
その内の数人がこちらへ来たのであの中に彼女が居るのだろうと前を向く。
わざわざ此処から姿を探しても何ら意味のない事だし、こちらを見つければ向こうからこちらへ来て車へ乗るだろうから。
そう思っていると携帯の着信が鳴って画面を見るとリーシャからだった。
もしかして何かあったのかと電話に出ると少し上擦った声で不可解な事を言い出す。

『あのさ、わざわざ待っててくれたのに悪いけど、先に帰ってくれないかな』

「は?つーか駅から出たのか?」

『まだ。タクシー使うし、ごめん』

「何言ってんだ。俺のに乗れば金払わなくて済むんだぞ」

本当に意味が分からない、何を考えているのだろう。

「今どこだ」

『今……って、だからタクシーで帰るんだって!』

また癖である突っかかりをしてきたので面倒になって電話を切る。
途中で何か言っていたようだがこの際無視だ。
車から降りると傘を差して駅まで小走りする。
中へ入ると直ぐに見つけられた。
先程まで混んでいたが殆どの通勤者が外へ出たのでまばらになっていた。
何かあったのかと思ったが見た目は何ともないようで密かに安堵してから近付く。
後ろを向いていてまだこちらに気付いていない。
肩を掴むと盛大にビクつくリーシャにこちらまで驚く。

「何で居るの!?」

「居ちゃ悪いか。迎えにきてやったんだろーが」

「い、いらないってばっ」

拒否する女に機嫌が悪くなっていくのが分かる。
相手の腕を強めに掴んで半ば強引に駅から出す。
凄く抵抗されるのも余計に腹立たしい、ローはただ迎えにきたのに。

「や、ほんと止めて!」

車に押し込んでロックを掛けてすぐさま車を発進させた。
車から飛び出されては適わない。
不可解な様子はまだあって、先程まで喚いていたのに今は不気味な程静かだ。

「俺が何かお前の気に触る事でもしたのか」

「違う!ローのせいじゃなくて」

彼女の否定が飛んでいた瞬間、雷が鳴る。

「きゃあ!」

(今のは悲鳴か?)

あのプライドが高いリーシャの女らしい悲鳴に一瞬呆けた。

「っ、ひっ」

また雷が鳴ると悲鳴を上げる。
あまりにも怯えるのでデパートの建物駐車場へ入り車を止めた。
此処ならあまり音がダイレクトに聞こえないだろう。
配慮しながら車の中で縮こまるリーシャを見た。

「何よっ。だから来ないでっていったのにっ!笑いたければ笑えば!?そうよ、あたしは雷が恐いのよ!」

ヤケになったらしい彼女はぶちまけた。
ローは相手の様子に目を丸くすると口元を結ぶ。

「……確かにお前に苦手なもんがあるとは思わなかった」

「っ」

肩が小さく揺れた。
この瞬間、彼女が怯えた声を出した時から感じるこの感情の名を知る。

「お前、女だったなそう言えば」

「喧嘩売ってんの!?」

叫ぶように怒る彼女を宥めるようにソッとキスをした。
すると、憑き物が落ちたように目を大きく開く。
今にも目が落ちそうだ、考えられる程には冷静な自分が居る。

「ギャップにきた」

赤面していくのを見ていくとワナワナと震える相手は手を振り上げて叩こうとするのでそれを阻止して、また唇を奪った。
これは一つのきっかけに過ぎないが、これが偶然の感情ではないと、これからじっくり証明してやろう。


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