05
「ちょっと待て」
「……!?」
今のランの反応を表すなら、ギクリ。
緊張に手をギュッと握る。
「っ……」
前を向きながら、少し顔を上げる。
すると、驚くことにキッドがランの肩に触れてきたのだ。
「お前ェ……」
「っ」
バレた、と感じランは唇を噛む。
「いや、やっぱなんでもねェよ」
キッドが言葉と同時に肩から手を離した。
「え?」
ランが後ろをゆっくりと向いたときには、キッドは後ろを向いていた。
キラーもキッドの後ろに付いて、ランをちらりと一瞥すると、再び歩き出した。
「一体、なんなのよ」
ぐったりと、精神的に疲れた体を前のめりにしたランは深くため息をついた。
***
キラーは、先程のキッドの行動に首を傾げた。
長年共に航海をしてきた中で、キラーはキッドという船長の器に惚れている。
だからこそ、本当はランだった女性の肩を掴んだキッドの言動には違和感を拭えなかった。
「さっきの女……」
キッドがぽつりと呟く。
「肩を掴んだな。どうかしたのか?」
ずっと引っ掛かっていたことを迷わず問うキラー。するとキッドは口を開き、閉じた。
「……あの海兵と同じだったからな」
「同じ?」
まさか本人だとわかっていたのだろうか?
キラーはキッドの表情を見る。キッドは先日、ランと名乗る海兵に海賊の勧誘をした。しかも軍曹の。なにが問題かといえば、位が低い上に女であるということだ。
そんな海兵に、キッドは躊躇うことなく「俺の船に乗らねェか」と誘った。
もちろんその海兵はキッドの言葉を一刀両断したが。
なのに、キッドはその女海兵にこだわる。
一体全体、キッドは女のなにに惹かれたのか、わからなかった。
キラーが最後に行き着いた答えは、一つしかなかったが、聞こうか迷っていた。
「香水の匂いが、した」
「女からか?」
女から香水の匂いがするなど、ごく普通の言葉にキラーはキッドに言葉を返す。
「あぁ、それがあの女海兵の香水に似てた」
「……そうか」
キラーはキッドが女の香水の香りを覚えていることに驚いていた。
キッドにとって、女は女として扱うことがないと認識していたことを知っていたからだ。
「それだけだ」
キッドはそれ以上言わないと、そうキラーに言い聞かせているように聞こえ、キラーは深く問わなかった。
***
「危なかったわ……」
肩を掴まれた時は、今日の休日が泡となるのかと腹を括ったものだ。
ハラハラとして、全身に冷や汗をかいた。
ランがふぅ、と息を吐くと、街中へ消えていったキラーに内心感謝する。
海賊は海賊だが、常識のある人間でよかった。
「さて、そろそろ行こうかしら」
気を取り直し、ランは足を動かした。
「きゃあー!泥棒〜っ!」
突然、女性の叫び声がし、ランに向かって男が向かって来るのが見えた。
「今日は本当に厄日ね……」
諦めに似たため息をつく。そして、ランは男を背負い投げする。
海軍としての務めに休みはないのか、と文句を言いたくなったのは言うまでない。
その要因として、ランの真面目で正義感が強いという性格もあるから、強くは言えないのだが。
自分の損な性格に、再び肩を落とすランだった。
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