「なァなァ」
「ん?どーしたのシャチさん」
「船長にお前と出逢った経緯を聞いてもいまいち良く分からない事しか言ってくんねーんだ」
特徴のサングラスにキャスケット帽子の青年が腕を組んで興味深そうに聞いてくる。
その時のローの顔を想像し曖昧に笑う。
「私もローに固く口止めされてるから詳しい事は話せない、かな」
言葉を濁すとシャチはローに言われたのだったらこれ以上は聞き出せないと残念そうに肩を落とす。
それにまた乾いた笑みを送り、リーシャは部屋を後にして浮上している船の甲板へ出る。
先に先客が居たのでそろりと近寄ると呆気なく閉じていたブラウンイエローの瞳が開く。
それに驚かせようと思った悪戯心が萎み、諦めて目の前に立つ。
「気配で分かるなんてズルい」
「分からなかったら俺はとっくの昔に死んでる」
ニヤッと不適に笑う顔にもっと柔らかく笑えばいいのにと普段思っている事を脳裏に浮かべた。
「隣いい?」
言葉はなかったが無言で隣をちらりと見た彼に気持ちを汲み取り隣に腰掛ける。
「久々にローとの馴れ初め聞かれちゃった」
「……シャチめ」
「やだな、まだ名前も言ってないのに決めつけは止めなよ」
「この前聞いてきてはぐらかしても納得した様子はなかった」
「顔に出やすいタイプだもんね……」
ローに能力でバラバラにされないようにひっそりと合掌しておく。
好奇心は猫をなんたらというのはこの船にピッタリだと思う。
「ね、ロー」
「いきなり猫撫で声出しやがって何企んでる」
(バレるの早い)
企みというか願望なのだがじとりと睨まれると全身の毛穴から冷や汗が吹き出る。
頬の筋肉を駆使して笑顔を作ると体を傾けて詰め寄った。
「この前私が変身したから次はローが成って欲しい……」
「…………この俺に命令とは」
「ち、が、う!お願いなのこれはっ」
(久しぶりにアレを見たい!見たい!)
その願望を成熟させたくて眼光で必死になって見つめる。
するとローは無表情だが熱の籠る瞳でよく言う台詞を口にする。
「おねだりを上手く出来たらな」
「……こうやって必死に頼んでます」
正座で敬語を軽く織り混ぜム、と口を引き結ぶ。
意味は分かっているのだが誤魔化したいのだ。
それを確実に見抜いている彼は鬱陶しそうに顔を歪めるとその浅黒い手を、リーシャの決して美ラインとは自慢出来ない腰に回してグッとローの身体へ密着させる。
「や、恥ずかしいっ」
(誰か甲板に来たら確実に穴に入りたくなる!ていうか顔が!)
顔が目の前にあって目の下にある隈も鋭い眼も綺麗な顔立ちもくっきりと見える。
仄(ほの)かに香る彼の愛用している香水の香りも感じた。
「ほら」
「っ〜!」
(死ねる!)
勝ち誇った顔を浮かべ催促してくるローにやけくそ感を胸に抱き、顔の頬を両手が緩く挟むと目を強く、羞恥心に押し潰されながら閉じる。
それに彼は目を閉じるな、とも言わず少なからずホッとしつつも唇があるであろう場所に己の唇を押し付けた。
しかし、ザリリとした感触に違和感を感じ、そっと目を開けると目の前には黒しかない。
一旦顔を離すとローの呆れた視線と文句が降ってきた。
「顎にされたのは初めてだ」
「同じくです、はい」
恥ずかしさで俯きそうになると、顎をかくばった指先が触れ上へ向かされる。
ヘタクソと言われ不甲斐ないと言う。
「いつまで経っても慣れねェな。キスっつーのはこうすんだよ」
クスッと声が聞こえ目線をそこへやる前に唇を塞がれる。
引け腰になる身体をローの手が止めて逆に引き寄せて来た。
いつの間にか顎にあった手が頭の後ろに移動していて、ただされるがままになる。
嫌なのではなくキス等の行為にまだ慣れていないだけなのだ。
けれどローとの行為は好きだから受け入れられる。
「ん、ん」
角度を何回か変え口付けが深くなると不意に自分の唇にしっとりとした感触が這う。
びくりとなりそれが何か分かると彼は何度も何度もリーシャを攻めて唇を開けるように誘導してくる。
やがて押し問答にも限界がきて、力が抜けるその瞬間に舌がぬるりと侵入してきた。
「ふ、あ……っ」
漏れる声に恥ずかしくなりながらもその甘い痺れに溺れる。
ローは上手いらしいと知ったのは随分前で、しかもキスだけでこんなにも感情が満たされる事を知らなかった。
幸せが溢れる。
酸欠で目から涙が出ると唇を離してくれた。
その際に厭らしく鳴る水音にゾクリと女の中にある欲が背中を走り抜ける。
(ローと居ると、どんどん私厭らしくなってく……)
「行くぞ」
「な、なんで?」
(わ、ズルい言い方)
自分でも聞いてしまった事を実感し慌てて何でもないと口にするが彼はとても愉快そうに耳元で言う。
「言って欲しいのか?随分と余裕だな」
「だ、だから何でもないって言ってるのに!」
「子作りしに行くんだよ」
(ひいいいやああああ!!?)
赤面どころではなく脳内は大パニックなのに彼は愉しげにリーシャの腰を抱き寄せフェロモンたっぷりに耳朶を噛む。
ひゃう、と空気の抜けたような悲鳴を上げてもローは耳に舌を入れてくちゅりとかき混ぜる。
「耳は、だ、だめぇ」
「ん、」
掠れた声が聞こえ思わず背筋がピンと伸び、気付けばいつも過ごしている自室兼船長室に居た。
これも能力で便利だと少し憎くなる。
ローはとある理由で能力を二つ得て居る状態らしい。
やっと耳から舌がなくなると一息入れられた。
深呼吸をするとローは少し強めにリーシャを押し倒す。
ボフリと真下にベッドがあってハッとなると先程のお願いを思い出した。
「ロー、変身するってお願いがまだなんだけど」
「覚えてたのか……仕方ねェなァ」
そう悔しげに口にした船長は押し倒しているままボワッと姿を変えた。
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