せっかくの洗濯物がいきなりの天候悪化でびしょ濡れになった事に落胆していた。
「あーあ……また洗い直し」
「そう落ち込むな」
苦笑して慰めてくれるペンギンに頷き返し、濡れた衣類から手を離した。
「何座り込んでる」
突然の声に驚く事はなく振り返ると、ローが本を抱えてこちらを覗き込むように上から見ていた。
洗濯物にちらりと視線を動かす彼は全容を察してくれたらしく電伝虫で船員達に各自の衣類を自室に部屋干しするよう伝えてくれる。
素早い判断と行動にありがとう、と言うと彼は短く「ああ」とだけ。
最初は怒っていたり、不機嫌なのかと思い込んでいたのだが本人がこれが普通だと宣言したので素なのかと納得した。
トラファルガー・ローはハートの海賊団船長という肩書きを持つ人。
「部屋に来い。コーヒーも忘れんな」
「うん」
パタンと閉まる扉にこちらを向いて不思議そうな声音で幾度となく聞かれてきた台詞をペンギンが言う。
「……本当にお前達は……夫婦に見えないな」
「あははっ、私も実感がいまいち足りてないからペンギンさんの気持ちは分かるよ」
ふ、と笑いコーヒーを入れる為にペンギンと別れるとキッチンへ向かう。
ついでに自分の分のミルクに砂糖を入れて船長室へと向かう。
両手が塞がっていて扉を叩けないのだが、ローが気配だとかを察知してタイミング良く開けてくれる。
「はい、ブラック」
「ん……お前も座れ」
足されて大きな黒い皮張りのソファに身を沈めると高級な物だと分かる感触がお尻に触れる。
ギッ、とスプリングの音を立てて二人が座ると、暫し互いが持つカップの中身を啜る音だけがした。
そうしてふぅ、と息を付けばリーシャはさっき思った事をそのまま伝える。
「ローは本当に普段からクールというか物怖じしない冷静な性格なんだね」
「指摘されても直さないからな」
「まあ、そういう所も含めて皆ローの事を尊敬して付いてきてるんだし、私もクールな素は長所というか……嫌いじゃないよ」
上手くまとめられず中途半端な言葉を出してしまい、勘違いさせてしまったかと横目で反応を窺う。
視界の端で今までなかった物がゆらりと動いたのでそちらで判断した。
(照れてる……!か、わいい!照れてるっ)
口には出さないがゆらりと揺れる尻尾という、尾骨から出ているであろうものに悶える。
(ローかわいいいい!)
「ん?……しまっ!?」
ばっちり見ているリーシャに気が付いた彼は己から出ている物体に気付き慌てて隠す。
もっと見ていたいが、本人が嫌そうにこちらを睨んできたので冷や汗をかきながら視線を尻尾から外した。
「勝手に見やがって……直ぐに言え」
「えええ、だってローの感情が一番出てるのに勿体無いし……」
(というか悶えられるし……うんうん)
言えない理由を挙げればローは苦い顔をして短く舌打ち。
ついに本気で怒ったのかな、と謝る。
「ローは嫌だよね、ジロジロ見てごめん。でも私はその尻尾凄い好きだし……ほら」
また上手くまとめられず語尾を濁すと溜め息を付きそうな顔でこちらを向くローは無表情。
笑う顔はほんの偶にしか見ないが、その殆んどは戦闘をしている時らしいので非戦闘員のリーシャからすればそれ以外でニヤリとでも浮かべた笑みを見たのは指で数えられる程。
「一々おべっかなんて言わなくてもんな事で怒らねェよ」
そんな事を言われても怒っているのか煩わしく思っているのか見分けが全くつかないのでやはり顔色を窺ってしまう。
それを伝えるのは難しいので止めて、軽く相槌を打つ。
そしてローはやはり無表情でリーシャに命令してくる。
「だが俺のを見たからフェアじゃねェ。お前も成れ」
その意味を直ぐに察せたがう、と言葉に詰まり困り果てる。
まだ慣れないものにいきなり成れとはローも冷静な割に根に持つタイプなのだと密かに思う。
突然の事に出来ないと自信なく即答する。
無理というものの意味をちゃんと理解している彼はやれやれと言いたげにリーシャとの距離を詰めてきた。
首を傾げると一気に顔ギリギリに二人の間を詰めて腕をぐいぐいと引く。
不意打ちに呆気なく唇を合わせられ、まさかの猫騙しのような衝撃に身体が即座に反応し、ボワッと自分の中にある何かが目覚めた。
「グルルルル……」
目を開けると視界は真ん中で、ローの膝上に居ると理解し項垂れた。
「ホワイトタイガー……なのにちっせえな」
「ギューッ」
(不満なのはこっち!)
ホワイトタイガーの子供という非現実な自分の姿に心外だと怒る。
甘噛み程度にしかならない歯でその刺青だらけの指にカプリと噛みつく。
せめてもの反抗心なのに彼はそこでぴくりと反応し黒い尻尾だけを再度出現させリーシャの真っ白に黒い縞模様が少し入り交じる体に巻き付ける。
スルリスルリと絡み付く様は何ともシュールだ。
「こうやって尻尾をお前の身体に巻き付けるとツガイなんだと一番強く感じる」
「ギュルルル……ガウ!」
(恥ずかしい……ストレート過ぎっ……もう離して!)
今まで一般的な社交辞令が普通で建前ばかりの言葉しか聞いてこなかった上に、周りは草食系と呼ばれる異性しか居なかった事もあり、どうしてもその本能と本音が耳には毒だ。
そもそも肉食系は当の昔に滅んだと思っていたので、ローの言う口説き文句は自分とは一生縁の無いものと大人になってからは自ずと察していった。
(こんな不思議な世界もあったなんて昔の自分なら絶対に夢物語と思ってた……うん。思い続けてた)
「もう戻ってもいいぞ」
簡単に言われても今直ぐ戻りそうにはなくて、まだ残っているミルクの存在を思い出し、生温くなるのは時間の問題だと目の前の原因を作った男に恨みがましい眼を送った。
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